「ウフフ。ほんとはね、部屋を出れたからゲームはおしまいなんだけど……すっかりあの頃と変わってしまったわ」


 わたしに話しかけてるみたいだけど、それを無視して、隠れられそうな場所を探す。壁面いっぱいに配管が張り巡らされている建物が見えた。

 そこの隣も同じような造りで、そのうちのひとつに、わたしの身体よりも大きなパイプが地上に向けられていた。その奥にはフェンスも見えるけど、遮るようにして木材や鉄屑が散乱している。でも、あそこなら、少しくらいの時間は安全に身をひそめていられそうだ。


「でもね、あなたならきっと、あの子を止められる」


 近くに榊さんがいないことを確認してから、一気に駆け出す。

 背後から金属音とミリアムの怒鳴り声が何度も聞こえた。


「あら……うるさかったかしら? それじゃあ、なるべくおしゃべりしないでいるわね」


 足もとのガラクタに気をつけながら、大きなパイプに制服をこすらないようにも気をつける。壁に倒れていた廃材をどかして先に進むと、粉々になった骨らしきものを見つけた。


「ひゃっ?!」


 思わず声を上げてしまった。

 急いで振り返る。

 誰も──あの女の幽霊の姿も──いなかった。

 なんとか大きなパイプの後ろに回りこめた。あとはすべてが上手くいってくれれば……ただ、唯織さんがいる建物の出入口はここからだと死角になってまるで見えない。

 どのタイミングで出ていけば良いのか、わたしのことを本当に探しにきてくれるのかもわからなくて、一人ぼっちの心細さもあって不安になる。

 それでも、信じなきゃ。わたしと唯織さんは、カップルなんだから──


「加奈子ぉ」


 榊さんだ。

 反対側から金網のフェンスを両手で掴んだ榊さんが、いつの間にか真後ろに立っていた。


「どうして逃げたりしたのよ? せっかく自由になれたんだからさぁ、もっと仲良くしましょうよ。きっといい解決法が思いつくはずだから、みんなでトークセッションしましょう、ね? あたし、妹ちゃんのお話も訊きたいなぁー」


 口紅が塗られたつややかな唇が、ゆっくりと笑顔のかたちに歪んでゆく。

 それでも彼女の瞳の奥には狂気の光がふたつ、わたしには見えていた。


「榊さん……やめましょうよ、そういうの。本当はわたしを……わたしと唯織さんを殺すつもりなんですよね? 話し合いなんて嘘ですよね?」

「嘘なんかじゃないわよ? どうして殺す選択肢を真っ先に選ぶと思うわけ? 日没まで時間はまだあるじゃないの」


 そう言って榊さんは青空を指差す。

 たしかに、常にいくつも選択肢を用意して事を進めるって、そんなことを話していた。それでも、ミリアムの言動の説明がつかない。彼女が勝手に暴走している……? それとも、やっぱりこれも作戦で、油断させておいて捕まえるつもりなの?


「あのう、榊さん」


 と、そこで右肩に激痛が走る。

 声も上げられずにその場で両膝を着いてうずくまる。

 振り向けば、ミリアムがいた。

 鉄パイプで殴られたんだってわかるのと同時に、唯織さんもやられたんだって、このとき悟った。


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