滅・百合カップルになれないと脱出できない部屋に閉じ込められたお話

黒巻雷鳴

第1幕

 どこからともなく吹いてきた微風そよかぜと熱気。それらを全身に浴びてしまい、わたしの目覚めは最悪の気分だった。

 唯一の救いは、にじむ汗の冷却効果を手伝ってくれたおかげで、蒸し暑さの不快感がほんの少しだけやわらいだことだろう。

 咽喉のどがひどく渇いていた。

 でも、辺りには水のすえた嫌なにおいが漂っているから、飲むなら果実の風味フレーバーがついた甘くない炭酸水がいい。

 ぼうっとした頭で見た遥か天井は、鉄骨に支えられたトタン屋根の内側だった。葉っぱの虫食いみたく、赤錆あかさびに腐食された穴から快晴の空が垣間見える。この明るさだと、太陽が沈むまで、まだまだ時間がありそうだ。


(あれ……? ここって……またあの工場なの?)


 わたしたちはカップルになれたから、生き残れて助かったはず。それなのに……いったいどうして……?

 ダメだ……全然思い出せない。

 だけど、あの部屋からは脱出できている。それは間違いない。


「えっ、裸……!?」


 徐々に頭が冴えてきて、状況を把握しようとしていたわたしは、無防備な自分の身なりにはじめて気づく。

 背中とお尻の湿った感触──この肌ざわり、寝汗を吸い込んだベッドシーツのそれだ。

 驚いて飛び起きると、クイーンサイズのベッドのすみに全裸の女性が背中を向けてすわっていて、腰の長さまである透きとおるような銀色の髪と青白い肌が、廃虚と化した工場内の薄明かりに浮かんでとても綺麗きれいだった。


「よかった……無事だったのね!」


 その女性は、極限状態のなかで出会ったわたしの運命の相手。

 わたしたちは愛によって結ばれた。

 だからこそ、助かった・・・・

 どんなカタチにせよ・・・・・・・・・、それは愛に変わりはない。

 彼女がゆっくりと振り返る。

 左目の、医療用眼帯だけを残した一糸まとわぬ痩身。手のひらに収まる小振りな乳房、余分な肉のない腰の括れ。珠玉と呼ぶにふさわしい均整の体型をした芸術品を前にして、わたしはかけるべき言葉の続きをすっかりと忘れ、しばし魅了されていた。


「起きたんだ。ずっと死ぬまで眠っていればいいのに」

「え?」

「わたしたち、心はつうじあえても肉体からだの相性は良くないみたい。とても残念で心苦しいけれど、ここでお別れしましょう」


 そう言われてとっさに股間に触れてみれば、性交の痕跡を確認できた。

 彼女はそんな様子のわたしを鼻で笑うと、ベッドからスッと立ちあがって裸足はだしのまま歩いていってしまった。


「あ……」


 向かう先は、半分だけ開かれているシャッター。そんな状態でも、高速バスが自由に出入りできそうなくらい、とても大きい。

 シャッターの向こう側は、真夏のように強い陽射しが燦々さんさんと降りそそいでいて、薄暗い屋内とは対照的に、外の世界が真っ白くかがやいて染まって見える。彼女はたった一人でそこへ向かっていた。


「ねえ! 待ってよ!」


 けれども、彼女は振り向いてはくれなかった。返事をなにひとつくれずに、ひたひたと去ってゆくばかり。

 仕方がないので、あとを追おうとベッドから素足を降ろす。コンクリートの床の上には、脱ぎ散らかされた二人分の衣服や下着、それに靴が落ちていたけれど、なにも拾わずに早歩きで進む。

 鉄屑てつくずの細かい欠片かけらや金属の小さな部品をよけながら──そんな障害物はどうだっていいけど、無意識によけて彼女の背中をひたすら追いかける。


「いったいなにがあったの!? どうして他人みたいな冷たい態度をとるのよ!? あんなむごいことさせといて……わたしたちが愛しあっている証拠を見せたのに!」


 目の前のしなやかな肢体が陽射しに包まれたそのとき、鋭利な痛みが足裏を襲う。

 たまらず前屈みになると、鼓膜が破けそうなほどの大きな破裂音が一発聞こえた。その直後には、後ろの鉄板の壁になにかが当たって弾け飛び、床に跳ね返って消えた。

 その音の正体が銃声だとわかったのは、顔を上げてすぐ、二人連れの男たちがそれぞれ拳銃を握ってシャッターから入ってくるのを見たからだ。



 ああ、そうか。


 やっとわかったよ。


 みんな……ごめんね……


 数々の謎が、最期の瞬間になってすべて綺麗に解けた。




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