河川敷。めぐって、春

凍日

1ー1

 軽く見積もっても百冊を下ることはない膨大な数のエロ本が二階の薄い床板をぶち抜いて祖母の頭上に降りかかる前に、行動を起こさなければならない。


 三年間いちども休むことなく通い続けた高校を二月上旬に卒業し、無事に進学できることになった関西圏の国立大学からほど近い場所に下宿先もすでに決めた。引っ越しや入学にかかる諸々の手続きに振り回され、部屋の整理も兼ねた荷造りに手をつけたのがつい先ほどのことで、あらゆる物を乱雑に放り込んである押入れの襖を久々に開け放ち、奥の壁面に背をつけて息を潜ませるように積み上げられている物言わぬダンボール箱の一つを引っ張り出してガムテープを開封するまで、極彩色の夢の痕跡が押し込められていたことなど三原和希はすっかり忘れていた。


 和希には不破秀一という友人がいる。親元を離れ祖母の家から通学する和希と、高校付属の男子寮で一人暮らしをする秀一とのあいだには、他の多くの学友と比較すれば生活環境が近似していることもあってか不思議と馬が合った。


 押入れのダンボール箱を処分しなければならなくなったのも、元はと言えば秀一のせいだ、と和希は思う。二年前の光景がよみがえる。夕食の下ごしらえを終え、ご飯が炊き上がるのを待つ間にブラウン管のテレビをザッピングしていたところを呼び出され、厄介な代物を預かってくれと泣き付かれた河川敷の公園から見る川面には月影がおぼろげに揺れていた。



 

 当時、和希と秀一の二人は私立旭井学園の高等部に所属していた。旭井学園といえば県下有数の大学進学率を誇る中高一貫の名門校である、というのがこの鷹見市の大人たちの共通見解であり、「旭井の生徒」は親孝行の代名詞でもあった。


 その旭井学園高等部の第一学年で、和希と秀一は同じクラスになった。秀一はそれなりに勉強ができて、それなりにスポーツもこなす。一方の和希は「真面目」というのがクラスの中での評価だった。毎日こつこつと勉強を怠らず、テストの成績は常に上位にランクインする。


 クラスの中ではさしたる接点もないこの二人がどうして友人になったのかというと不思議なものだが、人と人とが知り合うきっかけなぞは些細な問題に過ぎない。毎朝のランニングが趣味の秀一がたまたま飾利川沿いの土手をコースに選択した朝と、和希の祖母が柴犬の散歩を和希に任せ、その和希が散歩のルートにたまたま河川敷の公園を選んだ朝が、たまたま一緒だったというだけの話だ。そこで二人は初めて教室の外で思いがけずに遭遇したのだが、二言三言を交わした後のその日以降、二人はたびたび川沿いの道で出会うことがしばしばあった。


 何とは無しに散歩道で挨拶程度の交流が続くうちに、知らず知らずのうちに話題が徐々に広がっていった。住んでいるところやクラスの友人のこと、部活の話や教師の悪口。意見が合うときもあれば合わないこともあったが、会話を重ねるにつれ互いに居心地の良さを感じるようになった二人はいつしか友人ともいうべき関係になっていた。

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