第八話 婚約式

 それから、間を置かずに婚約式の日取りが決まった。

 気を利かせた国王が、王宮のバラの庭園を会場に決めたのだった。

 

 ガウェインは、今までにないくらいのウキウキ気分で王宮に向かっていた。

 ガウェインの内心を知らない、彼の部下たちは、これから戦場に赴くかのような鬼気迫る表情の将軍に震え上がっていた。

 

 ガウェインの気持ちを知っている、弟であり、副官でもあるエゼクは呆れたように言った。

 

「兄上……。嬉しいのは分かりますが……、お顔が怖すぎます」


「仕方ないだろう……。少しでも気を緩めると、だらしない顔になってしまう。そんなだらしない顔をアンリエット嬢に見せる訳にはいかない。少しでも、俺のことを格好いいと思ってもらえるようにだな……」


「はぁ。兄上は十分整ったお顔をしております。整いすぎて近寄り辛いくらいです。それに、鍛え抜かれたその大きな体もあって、多少顔が緩んでるくらいが女性にとって親しみやすさを感じさせると思いますが?」


「そうか?いや……しかしなぁ……」


 そんなことを言っていると、ロンドブル伯爵家側のテーブルが賑やかになっていた。

 少し離れたところにある、伯爵家のテーブルには薄桃色のドレスに身を包んだアンリエットがいた。

 

 以前手紙で、薄桃色が好きと書かれていたことがあり、その手紙の返事に、ガウェインはこう返していたのだ。

 

 可愛らしい君にとても似合う色だと。

 君の綺麗な銀の髪が映える色だと。

 

 ガウェインが、褒めた色のドレスに身を包み婚約式に現れてくれたアンリエットを見つけた時、嬉しさで顔が蕩けそうになっていたが、必死に顔面の維持に努めていた。

 そんなガウェインに気が付いたエゼクは、兄の意外な一面を見れたことに、アンリエットに感謝の念を抱いていた。

 ガウェインは、今まで彼の地位だけを見て群がる女性にうんざりしていたことを知っていた。

 そんな、ガウェインにここまで思われるアンリエットが眩しく思えた。

 

 実際に、エゼクも戦勝パーティーの時に彼女の優しさに救われていたのだから眩しく見えるのは仕方のないことだとも言えた。

 

 自分の傷を恐れず、それどころか、傷のせいでご飯が沢山食べられないのではないかと心配されたのだ。

 そんな女性など、今まで周りにいなかった。

 怪我を負うまでは、その整った容姿に沢山の女性がエゼクに群がっていたが、怪我をしてからは怖がられて、距離を置かれるようになっていた。

 

 アンリエットとガウェインの婚約は、兄の幸せを思うと嬉しくはあったが、少しだけエゼクの胸に痛みが走ったが、エゼクはそれに気が付かないふりをした。

 

 そうしていると、国王が席に着いたため、ガウェインとエゼクは挨拶に向かった。

 ガウェインは、国王に掴まっていたが、エゼクはそうそうにその場を辞していた。

 

 公爵家の席に戻る時に、アンリエットと目が合ったエゼクは、いつかのお礼を言うべく彼女の側に向かっていた。

 


「アンリエット嬢、こんにちは。以前の戦勝パーティーではありがとうございました」


 エゼクがそう言って挨拶すると、アンリエットは首を傾げていた。

 

「エゼク様?お礼なんて……。そうですわ。今日は、勇気を出して薄桃色のドレスを着てみたんです。どうですか?」


 アンリエットがそう言うと、エゼクは仮面の中の目を細めて言った。

 

「ええ、とても可愛らしいと思いますよ。アンリエット嬢の紫水晶のような綺麗な瞳とよく似合いますよ」


 エゼクがそう言って褒めると、一瞬不思議そうな顔をした後に、嬉しそうに微笑んでした。

 

「ありがとうございます。エゼク様」


 二人が短いやり取りをしている間に、ガウェインが席に戻ってくるのが見えたため、エゼクも自分の席に戻ることにした。

 

「それでは、これからもよろしくおねがいしますね。姉上」


「はい。エゼク様?」


 アンリエットは、遠ざかるエゼクの背中に向かって疑問を口にしていた。

 

「姉上?なんのことかしら?」



 アンリエットが首を傾げている間に、婚約式が始まった。

 嬉しそうなジェシカが、婚約の誓約書にサインをするため、席を立ったのをアンリエットは、ボンヤリと見送っていた。

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