第六話 噂
アンリエットは、最近あることが楽しみで仕方なかった。
それは、数日起きに届くエゼクからの手紙だった。アンリエットは、手紙が届くのを今か今かと、心待ちに日々を過ごしていたのだ。
エゼクから届く手紙には、王都から出たことのないアンリエットが知る由もない、他の領地のことが面白おかしく書かれていた。
辺境にだけ咲く、虹色に咲く不思議な花の話。
国境近くにある森で、夜にだけ咲く美しい白い花の話。
とある地方で食べた、スパイシーでジューシーな鳥の丸焼きが美味しかったという話。
秘境と呼ばれる場所にある、温泉が気持ちよかったという話。
アンリエットは、手紙が届くと何度もそれを読み返して、その内容に思いを馳せていた。
そして、返事には素直な感想を添えた。
いつかわたしも行ってみたい。
とても美味しそうで、食べてみたい。
そんな、他愛もないことや、身の回りで起こった楽しい出来事。
書庫で読んだ楽しい本のこと。
自分で作ったお菓子のこと。
社交パーティーに行った時に食べた料理が美味しかったこと。
そんな他愛もないことを手紙に書いて送る。
すると、エゼクもアンリエットの手紙の内容に楽しそうな返事を返してくれたのだ。
ぜひ自分も読んでみたいと。
機会があれば君の手作りの菓子を食べてみたいと。
美味しそうに食べる君を近くで見たかったと。
まるで恋文のような内容の手紙のやり取りに、アンリエットはいつしか手紙が待ち遠しくなっていた。
毎日、伯爵家に届く手紙に自分宛てがないかとそわそわと過ごし、自分宛てがないと知ると落ち込み、エゼクからの手紙が来ていればその日は心が弾んだ。
いつしか、エゼクに恋心を抱いていることを自覚したアンリエットだったが、彼に直接会うことは出来ていなかった。
何度か、社交パーティーに行ったが、彼は会場にいなかった。
手紙に、どの社交パーティーに行くか何気なく書いても、エゼクが現れることはなかった。
しかし、それまで社交パーティーにほとんど顔を出さなかった、ガウェインが頻繁に社交パーティーに現れるようになっていた。
貴族たちは噂話に花を咲かせていた。
「あの、冷酷将軍がどこぞの令嬢を見初めたんじゃないのか?」
「まぁ、うちの子かしら?」
「いやいや、うちの子だろう?」
「うふふ。でも、子豚令嬢だけはありえないわね」
「ああ。そうだな。アレだけはないな。姉なら可能性はあるが……」
「ええ、仮に姉がそうだとしても、身内にあんな子豚が居るなんて恥でしかないわね」
そう言って、楽しげに噂し合っていた。
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