第18話 勇者、神事に参加する

 アルフレッドたちが信仰する神は唯一神。

 当然ながら一神教だ。

 

 周辺国も同様。みんな同じ神様を拝んでいる。


 そしてアルフレッドは神に選ばれた勇者。“休日に一人で過ごしたい”というお願いを聞いてくれたのも神様。


 なのでアルフレッドは、以前“金曜日”の由来を推察したにもかかわらず……。

 「自分たちの信奉する神様とは、別の神様を信仰する者がいる」という発想自体がそもそも薄かった。


 つまり、何が言いたいかと言うと。




「うーん……どうしたものだろうか」

 法被ハッピにねじり鉢巻き姿で、アルフレッドは困惑の唸り声を上げた。

 ではひょろく見えるものの、ニッポン人に比べれば体格はがっしりしている。なので、こういうファッションも意外と似合う。

「確かにニッポンは異世界だから、俺の世界の常識は通用しないのかもしれないが」

 周囲は同じような格好の人間ばかりが、けたたましくしゃべりながら待機している。今から祭りが始まる高揚感でずいぶん賑やかだ。

「まさかなー……」

 この喧騒の中で人知れず悩んでいるようなヤツは、間違いなくアルフレッドぐらいだろう。

「他の神様の儀式に巻き込まれるなんてなぁ……」


 神託を受けて世界のために戦う勇者、アルフレッド。

 うっかり異世界ニッポンで、よその神様の神事に参加してしまう事案発生中。



   ◆



 夜が遅くなったので早朝にニッポン世界にやってきたアルフレッド。

 取りあえず牛丼屋で朝食でも食べるかと歩いていたら、時々木陰を借りて昼寝をする公園に多数の人が集まっているのを見つけた。

「何をやっているんだろう?」

 こんなところに人だかりがあるのを初めて見た。


 しかも。

 ニッポンではめったに見ない、商品名を書いた幕を張り巡らせた屋台が立ち並んで開店準備を進めている。

 周囲で忙しく走り回っている人たちは皆お揃いの、青い上着に白いタオルを頭に巻いた姿だ。


 ニッポンであんな格好の連中、初めて見る。

 奥の古びた木造の屋敷も扉を開け放ち、なにやら儀式の準備みたいなものを急ピッチで行っているのがわかる。

 陽気な空気が漂っているので、何かいいことがあったようだが……?


「ふむ。これは察するに」

 アルフレッドとて男爵家の嫡男。

 異文化の物とはいえ、こういうのは見ればだいたい意味合いは分かる。

「結婚式の準備中だな」

 厳粛な雰囲気というより、隣近所がみんな集まったお祭り騒ぎの感じが前面に出ている。

 庶民の家の式のようだ。


 ニッポンで冠婚葬祭の現場に立ち会うのは珍しいので、アルフレッドも朝食を後に回して見物することにした。



   ◆



「それがこんなことになるとは……」

 よく見ようと最前列を取りに行ったら、まだ準備中だったので支度をしている現場に踏み入ってしまった。

 どうしたらいいか分からないのでうろうろしているうちに世話人らしいのに捕まり、なぜか着替えさせられて同じ格好に。


 文化体験に来た留学生と間違えられ、法被を着させられたアルフレッドも一緒に並んで神官かんぬしの祝詞を聞いているうちにハッと気が付いた。


 これ、神殿の儀式まつりじゃないのか?


 主役らしい男女しんろうしんぷなんかいないし。

 どう見ても祭壇に奉納品を並べているし。

 なにかの形代らしい物に神官が恭しく儀式めいたことをしているし。


 それらの事を総合して考えると、どう見ても神事。

 しかも良く分からない呪文を聞いていると、祈っている相手はうちの神様じゃないような感じ。

(うそだろ!? こっちへ来るのは神様が飛ばしてくれるから、てっきりニッポンも同じ宗教だとばっかり……!?)

 ニッポンは他所の神様のテリトリーだったっぽい。




 さすがに神託の勇者が他の神様に祈りを捧げるのはマズい。

 というか、異教徒が大事な神事に紛れ込んでいると知れたら信者たちに殺されるのでは……!?


 冷や汗が止まらないアルフレッドは気が気じゃない。

 よく分からない何かの儀式を上の空でやり過ごし、次が始まる前に急いで着替えて逃げることにした。

 しかし神官が祭壇から下がって列がばらけたのはいいものの、まとめて控室に運ばれた服をどう探せばいいのか分からない。


 それでまたうろうろしていると、向こうの方で群がったオッサンたちが何やら一斉に歓声を上げた。

「なんだ?」

 人だかりの真ん中で、中ぐらいのサイズの樽の蓋を何故か杵で叩いて割っている。

 やっている事の意味が分からず見ていると。

 開いた……というか壊した蓋を取り除き、四角い木のコップに柄杓で透明な液体を汲んで皆に配り始めた。


「あれは……」

 離れたアルフレッドの所まで漂ってくる、この薫りは……。

「ニッポンシュだ!」

 間違いない!


 普通に頼んでしまうと量のわりにお高いので、ボーナスアワーの昼飲み屋でコップに入った一杯をじんわり楽しむ日本酒!

 慣れると独特の香りとコクがクセになる、じつはアルフレッドも時々楽しむ日本酒!

「それを、タダで配っているだと!?」


 汲んでいる人間は手を出した者にそのまま渡している。

 金銭のやり取りはない。

 それにどう見ても、アレは儀式のついでの振る舞い酒。

 

 続々とオッサンたちが受け取り、美味そうに飲むのを見ながらアルフレッドは考えた。

 そして結論を下した。


 酒は、酒だ。

 液体に神様の名前が書いてあるわけじゃ無い。


「まあ、アレだよ。ニッポンの神様を拝むんじゃなくて、俺は俺なりにうちの神様に感謝を捧げればいいんじゃないかな? 良く知らんけど」


 状況には臨機応変に対応する。 

 それが優秀な冒険者の心得ってヤツだ。

 とりあえず理由付けはどうでもいいから、堂々と朝酒を飲みたい。


 せっかくの振る舞い酒。

 一杯と言わず二杯三杯と飲ませてもらおうじゃないか。


 オッサンたちの群らがる中心へと。

 勇者アルフレッドは、喜び勇んで突っ込んで行った。



   ◆



 そして三十分後。


「ワッショイ! ワッショイ!」

 アルフレッドは今、意味不明の掛け声をかけながら他の男たちと一緒に妙な器具を担いで大通りを練り歩いている。

 この行動の意味は知らない。


 担いでいる物は見た目は貴人の輿こしに似ているけど、サイズはずっと小さい。

 それに一杯やってハイになった男たちが騒ぎながら上下に揺らしまくるので、中に何か載っているわけじゃないだろう。

 コレが何だか分からない。

「でもまあ、別にどうでもいいか」

 目的が何だか知らないけれど、どうせ異教の神事だから気にしたって仕方ない。

 空きっ腹に酒を五杯ばかり流し込んで身体が温まったアルフレッドは、今は猛烈にハシャギたいのだ。


 意味は分からないながらも一緒に酒を飲んで一緒に練り歩いていると、周囲と不思議な連帯感が生まれてくる。

 封鎖されて馬無し馬車クルマが走らない大通りを神輿なにかを担いで練り歩く体験も、滅多にできるものじゃない。

「いいな、これ!」

 貴重な体験って、なかなか楽しい。



   ◆



 半分酔った頭で神輿を担いでいると、前方に祭りの参加者が待機しているのが見えた。

 歓迎の人だかりの中に到着し、用意されていた足場に担いでいた神輿を下ろす。

「ここは休憩所か?」

 なるほど。

 そこそこの重量物を担いで歩くのだ。そういう場所もちゃんと予定に入っているらしい。

 神輿と世話人が御旅所での祝詞に参加するのを横目に、アルフレッドたち担ぎ手はいったん休憩。


 アルフレッドも勧められるままに、並べられた飲食物に手を出した。

「……ほう!」

 物はコンビニで見たことがあったけど、“お握り”という物は初めて食べる。

「冷えた塩気の有るコメ……イケるな」

 何がイケるって。


 ビールに合うのだ。


 アルフレッドは右手に持った鮭の握り飯を三口で頬張り、左手に持っていたビールの中瓶をラッパ飲みして腹に流し込む。

 どちらも喉越しを楽しむもの同士。

 僅かにしょっぱいコメをグイグイ口へ押し込み、それを胃袋へキンキンに冷えたビールで押し流す。

 ビールの苦みが舌から消える頃に、腹の底がカッと熱くなる感覚がたまらない。

「オニギリと冷えたビール、すっごい合うじゃないか!」

 これは知らないマリアージュ!


 アルフレッドは一つ賢くなり、また一歩ダメ人間になった。




 元より朝食を食べていない。今は思いきり空きっ腹だ。

 オニギリをさらに食べ、見たこと無い赤いソーセージや大好きな唐揚げも貪り食い、ビールの合間に甘い炭酸水サイダーも鯨飲する。

 肉団子、串揚げ、焼いた紐やきそばに洗って冷やした丸ごとの果実。

 食事物に限らず、スナック菓子も甘い物も用意されている。

「ニッポンの料理やポテチなどがどれも酒に合うのは分かっていたが……デザートスイーツの類まで実は酒とマッチングするとは!? ニッポン素晴らしい!」

 芋羊羹に芋焼酎を合わせるというニッポン人でも高度な領域に達した勇者は、今日たまたま他教の神事に飛び入り参加した幸運を自分の神様に感謝した。



   ◆



 地域住民の手作りらしい素朴で美味い物を並べた宴席を十二分に楽しみ、神輿が出発する頃にはアルフレッドの腹具合も準備万端になっていた。

「いいなあ、こういう行事!」


 魔王討伐もこんな感じだったら、凄く楽しいのに。

 付近の住民に応援され、手料理で歓待されながら練り歩く魔王退治の旅。


 良いじゃないか。


 つくづくニッポンとの文化の違いが残念だ。




「よーし、次の休憩所では何が出るかな!」

 すでに泥酔しているアルフレッドは完全に目的を履き違えたまま、意気揚々と神輿を担ぎあげた。

 

 

   ◆

 


 ひどく動きが悪い勇者に、剣士のバーバラは眉をひそめた。

「おいアルフレッド、何をやっている?」

「え? 何が?」

 今日の勇者、魔物を相手に役に立たないどころではない。

「おまえ、なんで歩くのに杖がいるんだ……?」

 勇者は杖を支えに、よたよた歩いている。


 今はただ歩いているだけだ。

 それも朝からずっと戦闘も無く、平地が続いているだけの土地を歩いているだけ。


「いや、それが……筋肉痛がひどくって」

 嘘でもなんでもなく、本当にしんどそうな顔で勇者が言うのだが……。

「……一昨日の戦い、そんなに激しかったか?」


 大して強くもない魔物に二回当たっただけで、コイツもそんなに走り回るほどでも無かったような……。

 しかも翌日、昨日は安息日。

 一日たっぷり休んだのに、なんでこんなによろよろしているのか……?


 訝し気な騎士の問いに軟弱な勇者は、どこか遠くを見る目で明後日の方向へ顔を向けた。

「いや、まあ……ちょっと、はしゃぎ過ぎてさ」

「アレで?」

「……これはうっかりしていた俺への、神罰かもしれない」

「は?」




 アルフレッドの言うことは、いつもながらまるで訳が分からない。  

 理解できないので詳しく問い質そうとしたバーバラの肩をミリアが叩いた。

「姫様?」

「おかしいのはいつも通りじゃない。ほっときなさい」

「はっ」


 そう言えばそうだった。


 バーバラはそれ以上、気にするのを止める事にした。

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