ギスギスした毎日に疲れ果てた勇者、週末は異世界「ニッポン」でまったり飲んだくれるのだけが楽しみです ~たまの休日くらい、独りで羽根を伸ばさせろ!~【23/10/27 コミック2巻発売!】
山崎 響
1st Season
第1話 勇者、居酒屋で飲んだくれる
楽しげな喧騒に包まれた店内は、仕事帰りの男女で賑わっている。
アルフレッドはこの空気が大好きだ。仕事上がりの酒は美味い。その気持ち、よく分かる。
早く仲間になりたくて、ワクワクしながら待っていると……。
「へい、生中一丁! ねぎま、ぼんじり、ししとうお待ち!」
紺の作務衣姿の店員がやって来て、注文した物を勢い良く並べて行く。
「待ってました!」
待っていましたとも。
カタンカタンと音を立て、目の前に並べられて行く美しき料理たち……。
「おおおおお……!」
素晴らしい……!
ビールと焼き鳥の鉄板コンビ。
まずこの二つから始める事に、誰が文句を付けられるだろうか!
アルフレッドはまずは重量感のあるジョッキを掴み、白い泡を載せた黄金の液体を蛍光灯の明かりにかざした。
「良い……! いつ見てもこの輝きが、イイ!」
自分の国にこんな透き通った美しいビールは無い。
届いた最初の一杯を、こうやって光にかざすのがアルフレッドは大好きだった。
もちろん色を愛でるのはついでだ。
大事なのは、この美しい酒をこう……。
アルフレッドはジョッキに唇を付け、グッと力強くあおる。
初めに炭酸のピリピリする刺激が舌先に来て、続いてほのかに甘く、だいぶ苦いラガービールの豊かな味が口の中に広がった。そしてそれを飲み下す時の、こののど越し……!
一気に半分ほどを空けたアルフレッドは、木目の美しい卓にジョッキを叩きつけるように置いた。
美味い。
やっぱり美味い。
この一週間の疲れも苦労も、全部これで吹き飛ぶような気がする。
アルフレッドはねぎまを一本つまんで半串を一気に咀嚼し、その甘い鶏肉とわずかに辛い太葱の味わいを確かめながら、残りのビールを一気に干す。
ねぎまと、ビール。
これ以上は無いハーモニー。
「……最高だ」
かすかに目尻に涙さえ浮かべて、アルフレッドは感極まって叫んだ。
「あー、俺はこの一杯の為に魔王と戦ってる!」
◆
勇者アルフレッド。
神から世界を救う使命と力を授かり、選ばれたパーティの仲間とともに魔王と戦う人々の希望。
……は、疲れ果てていた。
神から指名を受け、どこへ行っても勇者様と持てはやされる。
パーティのメンバーは才能と美貌に恵まれた女性ばかりのウハウハハーレム状態。
魔王討伐に成功すれば聖女でもある姫の婿として次期国王を約束されている。
それが勇者! しがない男爵家のせがれには過ぎたほどの栄光だ。
……みんな、本当にそう思っているなら替わって欲しい。
アルフレッドは嘘偽りなく、そう思っている。
初めに断言しておく。
羨ましがられる本人は、そんな立場を望んでいない。
まったく望んでいない。いやほんと。
アルフレッド自身は男爵で充分だと、今でも思っている。
ちっちゃな領地の経営に頭を悩ませ、麦の収穫に一喜一憂する生活で良かったのに……。
そもそもアルフレッドは地味で控えめな性格で、しかも体力の無い頭脳労働派。
当然剣の腕はからきしだ。
それが何の因果で、魔王討伐なんて危ない任務を押し付けられなくちゃいけないのか。神託にしても無理過ぎる。
国王の地位も美女姫との結婚も余計なお世話。出来ることなら辞退したい。
いつまでも慣れない勇者という立場に、もう不満しかないアルフレッド。
そこに持ってきて、勇者パーティの人間関係にも彼はうんざりだ。
確かに才色兼備の美女美少女ばかりなんだけど……これが全員、アルフレッドを嫌っているとくる。
王の一人娘でもある聖女ミリアはアルフレッドを逆玉狙いの野心家と軽蔑していて。
剣士のバーバラはミリアの護衛騎士だから姫様だけが大事で。
幼馴染の魔術師エルザは素顔を知っている分、頼りがいが無いと白い目で見てくる。
弓使いのフローラに至ってはやる気も誠実さも縁が無いダークエルフだ。ついでにアルフレッドに興味もない。
こんなメンバーが、一番実力のないアルフレッドに好意的なわけもなく……戦闘時はお荷物、平時は雑用係のアルフレッドを顎で使ってくれていた。
これをみんな、無責任に「羨ましい」とか言うんだぜ?
貴族たちは妬みとやっかみで悪口ばかり言ってくる。
庶民もアルフレッドが何でも手にした成功者だと思い込んでる。
……気苦労しかないこんな生活、命の危険の代償になんかならない。
だから。
だから、アルフレッドは神様にお願いしたのだ。
“たまの休みくらい、気を遣わずに済むよう一人にしてください!”と。
アルフレッドの願いを聞き届けてくれた神様は「勇者には静養と神へ祈る安息日が必要である」と神託を下して、七日に一日絶対不可侵の休日を作ってくれた。
そして誰もアルフレッドを知らない土地でくつろげるよう、彼が一度に二十四時間だけ、異世界「ニッポン」へ飛ぶ異能を授けてくれた。
ついでに軍資金も一日イチマンエンくれる。
アルフレッドは命と精神をすり減らす毎日を甘受する代わりに……週に一日、誰も知らない所で“はっちゃける”チートを手に入れたのだった。
◆
この異世界へ転移する時、服装はこちらで違和感のないものに自然と替わって転移する。
そしてポケットには一日の小遣い、イチマンエンが入っている。ちなみにこちらで買った財布に入れておけば、繰り越しは可能なようだ。
そして何度か遊びに来るうちに、イチマンエン……一万円は大金だが宿代を払うとたいして残らないことも学習した。
(ビジホとかいう高級旅館は安いところでも六千円ちょっと。カプセルという蚕棚はもうちょっと安い……だが、それを払っちゃうと残りは三千から四千円)
神様もなかなか渋くていらっしゃる。
豪遊出来るほどは小遣いをくれない。
飲み代が足りなくなっても、異世界ではツケにできない。
二杯目からは飲み方をセーブして、ツマミも厳選しなくちゃならない。
……だけどそれをするのもまた、楽しい。
何より。
旅では四六時中一緒で、息がつまる女どもがいない所で酒を飲んでいるだけでも……凄い嬉しい。
「うちの上司は融通が利かない上に、面倒は全部人に押し付けて来てさぁ」
「わかる! わかるなぁ! 俺の所もそうなんだよぉ!」
「兄さんもか!」
「そうなんだよ、いいかげん辞めたいぜ」
「だよなあ!」
アルフレッドはどこの誰だか知らないオッサンと愚痴り合い、ジョッキをぶつけ合ってバカみたいに笑い合う。
(これだよ! こういうのがいいんだよ!)
自分の世界じゃ、誰も勇者のつらさなんか分かってくれない。
一緒に飲んでくれるヤツもいないし、そもそもだらしない所を見せられない。
だから適性もないのにやらされている愚痴を吐き出す場所もない。
週に一日、二十四時間。
勇者アルフレッドに認められた、現実逃避の為の夢の時間。
この一日の為に、アルフレッドは勇者をやっている。
◆
ちょっと肌寒い気温に身を震わせ、アルフレッドは目が覚めた。
明けていく白々した空の下に、自分の世界には無いビル群が立ち並んで綺麗だ。
気が付けばアルフレッドは、飲み屋街のごみ置き場でビニール袋(45L)を抱えて路上で寝ていた。楽しく飲み過ぎてホテルへ帰りつかず、その辺で寝てしまったらしい。
こんな体験も、また楽しい。
黒い業務用のビニール袋にほおずりしながら、アルフレッドは誇らしげに朝日を眺めた。
「いいなあ、異世界……自由、万歳!」
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