OL、周囲が動き出す

 ミヤビがノイルガウを旅立とうとしていた頃、すでにステファン達は帝都にたどり着いていた。ドルアーノの街から馬車を急がせての強行軍、それもミヤビよりも先に帝都についておくためだった。ミヤビには簡単に伝えたが、実はステファンは帝国内でも有数の公爵家の嫡男である。暗愚な皇帝を宥めることもなく、尻尾を振るかのように付き従う現当主の父親の姿を見たくないために、修行という名目で帝都を離れていたのだった。


 しかしミヤビと知り合い、少なくとも友人とは言える程度の関係を結べた今、ミヤビの身に貴族どもの手が及ぶこと、その逆の方がよりひどい結果になるのは考えないようにしているが…は避けたい。たとえ皇帝の言いなりであろうとも公爵家としての権力は強大なものがある、ミヤビが何かやらかす前に帝都での根回しを済ませておく必要があったのだ。


 帝都を離れていた間の情勢や、貴族間の力関係の変化などといった情報は、公爵家の情報網から簡単に手に入れることが出来る。ノイルガウにグリフォンに乗った女が現れたという情報を目にしたときには、思わずステファンは頭を抱えたがミヤビが無事な事が知れ安心したのも間違いではなかった。


「さすがはミヤビ様ですな」

 ステファンと共に情報を整理していたセルジオも同じ情報を見たのだろう。ステファンと違いにこやかな笑みを浮かべる。


「まあ、ミヤビにしてはおとなしい方と思っておくか…」

「ミヤビ様の事ですから、これ以外にも多々やらかしてくれてそうですがね」

 ステファンはセルジオの答えに眉を顰めつつ、次の資料に目を通すと大きくため息をつく。


「セルジオの言う通りだな。カークブルで盛大にやらかしてくれてる…」

 ステファンは目を通した資料をセルジオの目の前に放ると、頭を抱える。


「ほう! 聖女様ですか、あのミヤビ様が」

「そこもそうだが、突っ込みどころはそこじゃねえよ。教会が帝国から離脱すると書いてあるだろうが。ったく、なんて面倒な事をやってくれたんだミヤビはよぉ…」


「まあ、ミヤビ様ですから」

「さすがにこの件はミヤビだからしょうがないで済ますことはできないだろ? ことは帝国の国策の根幹にかかわる部分だぞ」


「とはいえ、先に手を出したのはパシリュー子爵と書かれています。ミヤビ様のせいというのは違うかと」

「だが、そのパシリュー子爵とやらがミヤビにやられちまってる以上、教会の件は嫌でもミヤビに注目が集まることになる」


「確かに。まあミヤビ様ならご自身で何とかされるでしょう」

「ミヤビの心配じゃねえよ、今後教会が帝国につかないと知られれば、周辺国が動き出すかもしれん。そうなると今の皇帝では対応できるはずがない、つまり帝国が滅ぶかもしれんという事だ」


「そもそも、パシリュー子爵とやらがミヤビ様に手を出したのは、ドルアーノの領主の件が原因のようですな。もっと言えば、ミヤビ様の捕縛指示が本来ならば皇帝の名で発せられるはずが、公国との戦争を意識しすぎたためにギルド経由で指示を出したのが、そもそもの誤りでしょう。命令系統がおかしくなったことでカークブルの教会勢力は指示に従う必要はなく、結果パシリュー子爵ともめることになってしまったのが今回の経緯でしょうな」

「いまさら原因を突き詰めても手遅れだろう。いずれにせよ教会は離反したという事実は覆らんからな。それに教会の連中も今の皇帝に愛想をつかしてたからな、離反は時間の問題だったかもしれんな」


「まさに帝国の危機というわけですな」

「ほんとにそう思ってるか? コスタリオ公国なんて弱小国家にも敗戦するような状況だぞ、それも合わせて周辺国が黙っているはずがない。近いうちに大規模な戦争が始まるぞ」


「そういう意味ではよい時期に帝都に戻ってこれました、今後はどう動きますか? お坊ちゃま」

「お坊ちゃまは止めろ。残念だが今の俺には動かせる兵はない、あのオヤジが俺に当主の座を渡すとも思えんからな。それに皇帝があれな状況ではどうしようもないだろ」


「ではどうします?」

「動きを早めるしかないだろう。皇帝にはとっとと退場頂いて、帝国を早急に立て直す。教会に対しても謝罪し多少不利な条件でもこれまで通りの関係を飲ませるしかないな。複数の国から同時侵攻などされたらその時点で詰むからな。教会にはぜひ間に入って取り持ってもらう必要がある」


「そうなるとミヤビ様はどうなさいます?」

「そこなんだよな、ミヤビが言う事を聞いて動いてくれるわけはないだろうからな。「めんどくさい!」の一言で断られる未来しか見えねえよ」


「とはいえ、ミヤビ様が本気を出せば周辺国など簡単に滅ぼせるでしょう。それこそ教会などの手を借りずともです」

「そうなんだよなぁ。あれだけの力を遊ばせておけるほど余裕のある状況じゃない、というか詰みかけの状況だからな」


「確かにこのまま放置すれば、帝国の滅亡は避けられないでしょうな」

「何を人ごとみたいに。帝国が滅びれば公爵家なんて何の価値もなくなるんだ、そうなりゃセルジオだって困るだろう」


「いえ、もう十分な蓄えもありますし、私一人ならいかようにでも生きていけますな。ただお坊ちゃまの事だけが気がかりではありますが」

「つまり、俺の為にまだ力は貸してくれるってことで良いんだよな」


「何を今更。当主様よりお坊ちゃまの事を頼むと言われてからは、この身はお坊ちゃまの為に存在しているようなものです」

「うーん、ありがとな。とにかく時間がないのは間違いない、現在の貴族の勢力図と反皇帝派の者達が心変わりしていないか、動けるのはどの程度の数なのか、至急調べてくれるか」


「わかりました。では早速調べてまいります」

「頼む。ミヤビの件は俺の方でも考えとくよ」

 セルジオはそう言って部屋を出て行き、残されたステファンは今後の対応に頭を悩ませるのだった。



~~~~~~~~~~



『主よ、なにか嫌な気配がする』

 ノイルガウを出て帝都に向って飛ぶグリフィスとそのうえで寛ぐミヤビ。そんな中突然グリフィスがミヤビに話かける。


「嫌な気配って、またトカゲが出たの?」

『そうではない。無差別な悪意の気配といえばいいのだろうか、何かまともでないモノがいる』


「どういうこと?」

『まだ何かは分からないが、この先に何かひどく強い悪意の気配がするのだ』


「ふうん、じゃあ見に行く?」

『出来れば避けたいと思う。もちろん主の指示には従うが』


「何か気になる言い方よね。そもそも悪意なんて魔物なら皆持ってるんじゃないの?」

『いや、魔物が敵対するのは本能に近いもので、そこに善悪の意識はない。しかしこの気配は善悪を分かったうえで悪意を振りまいている感じがするのだ』


「どっちでもいいけど、放っておいてもまた出くわすなら早い方がいいのかな?」

『それは我にもわからん。ただこの感じが何となく主に似ているような気がするのだ』


「それって私が悪意の塊ってこと?」

『そ、そうではない。悪意はさておいて存在の気配といえばいいのだろうか、それが主に近い気がするのだ。ただ主よりはるかに弱い気配なのでもっと近づかねば何とも言えんが』


「ふうん、私みたいな可憐な美女かもしれないってことね」

『う、うむ。その可能性も無いわけでは無いような気もせんことも無い…』


「はっきり言いなさい!」

『恐らくは、主と同じような力を持つ者の可能性が高い』


「ああ、転移者かもしれないってことね」

『主は転移者だったのか?』


「そうよ、言ってなかったっけ? まあ、あんまり言いふらすようなことじゃないからね」

『つまりこの世界に召喚されたという事か。主は勇者なのだな』


「内緒だけどね。勇者なんてばれると、碌な目にあわない気がするじゃない」

『確かに。間違いなく保護とでも言われて国に確保されるであろうな』


「やっぱりね、だから内緒よ」

『もちろんだ、主の命には絶対に従う』


「ふふ、いい子ね。折角だからそのもう一人の勇者に会いに行ってみようか」

『わかった主よ』

 グリフィスは軽くうなずくと、さらに高度を上げて謎の気配のもとに向けて速度を上げる。


(私と同じような境遇なら、元の世界の話とかできるかもね。ちょっと楽しみかも)

 この先に居るはずの、まだ見ぬもうひとりの転移者に思いを馳せつつ空の旅を楽しむのだった。



~~~~~~~~~~



 時は少しさかのぼる。

 

「ひゃっふぅっ~! 最高だなこの世界は!」

 公国を飛び出したクズ勇者ツヨシは、帝国領に入り込みやりたい放題していた。帝国人が相手ならどんなことをしても公国で騙されて結んだ契約には掛かることなく、好き放題できる事に気付いたツヨシにとっては、まさに天国のような状態であった。


 ミヤビに比べると遥かに劣るとはいえ勇者であることには違いない。その力は一般人を相手にする分には過剰ともいえるものだった。そして調子に乗って暴虐の限りを尽くすにつれ、レベルも上がりさらに手の付けられない状態になる。


 すでにいくつかの町や村を襲い、刃向かう者を皆殺しにし、女と見れば見境なく襲い嬲り殺してきたため、かなりの成長が見られた。


 ----------

 フルヤ ツヨシ

 転移者

 人間


 職業:勇者見習い


 LV:58

 HP:29480

 MP:0


 体力:1843

 知力:1

 精神力:329

 耐久力:750

 俊敏性:487

 幸運:0


 スキル:

 言語理解

 剣術LV5

 身体強化LV4

 ----------


 さらに従順なものを配下に加えることにも成功している。その規模はかなりのものとなり、すでに50名を超えるならず者を従えるのであった。もちろん心から忠誠を誓うものなどおらず、呪いによって人間離れした爬虫類のような外見と、その力、残虐性による恐怖から従う者がほとんどではあったが。それでもツヨシについて行けば食事に困ることも無く、女にも不自由することも無い。そうして次第に人数が増えてきたのだ。


 そしてその日もいつも通り見つけた村を蹂躙していた。村の規模は100人を超える程度の小さな村だったが、農業を主としていたようで食糧だけは大量に手に入った。そして村人の内逆らった男は皆殺し、女のうち見た目の良いものはツヨシが独占しつつも他は配下の好きにさせていた。配下も良い女を独り占めするツヨシに反感は持つものの、これまでツヨシが独占した女たちの末路を思い出すと逆らう気力すらなくすのであった。


 その夜夕方から降り出した雨が激しさを増す。村にはツヨシの率いる盗賊と、従う事を決めた男たち、蹂躙されるのを待つだけの女達しか残ってはいない。村で一番立派な家をツヨシと女たちが利用し、配下は適当にツヨシに選ばれなかった女を連れ込んで余った家でいつものとおり楽しむのだった。







 「くっそぉ!あの盗賊どもめ!」

 ツヨシ達による蹂躙はこれまでの盗賊のように食料や価値のあるもの、女達だけを奪い去るものでは無く、襲われた町や村は完全に死滅する。人々は殺され、食料などは持ち出され残った家屋には火がかけられて後には何も残らないのだ。

 それを追う近隣の街の衛兵や騎士団はその足取りを追うが、襲われた町や村の人々が皆殺しにされるため目撃者もおらず後手後手に回るこの状況に苛立ちを募らせていた。帝都へも報告を上げてはいるが現地で対応しろの回答のみで、増援どころか指示すら降りてこない始末だった。


 当ても無く足取りを追う日々が続く。だがついにツヨシ率いる盗賊団の足取りを掴むことに成功したのだ。その日は新たに襲撃された村を発見したのだが、先日の雨のおかげで火をかけられることも無く放置されていた。村の周囲には切り殺された村人たち、残された家屋には魔物が食い散らかしたような女性らしき遺体の数々を見つけた騎士団は、己の無力感に襲われるのであったが、雨でぬかるんだ地面に残された足跡のおかげで盗賊団が向かった方向を確認することが出来たのだ。


 方向さえわかれば追跡は難しくない。足跡が乾いて消える前に偵察部隊を送り出す。並行して戦力を集めるために近隣に散っている団員を招集していく。そして本格的な盗賊狩りが始まる。

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