自己啓発昔ばなし MOMOTARO

蒼川 新

序章 発見

昔々、僕は何者でもなかった。



母親も父親も知らなかった僕は、おじいさんとおばあさんに拾われた時から全てが変わったのだ。



もっと、おじいさんに教わりたかった。



もっと、おばあさんのきびだんごを食べたかった。



鬼を退治して英雄になった僕は、桃から生まれたときから成長しているのだろうか。



これは、何者でもなかった僕の物語である。







朝が来た。



おじいさんは、またあの夢を見てしまった。



家族3人で囲炉裏を囲い、川魚を食べる夢を。



おじいさんとおばあさんは10代で身を結んだが、結局子どもには恵まれなかった。



今日も朝日とともに起き、錆びついた鎌を入れたボロボロの籠を背負いながら、近くの山へと向かう。



「さて、今日も仕事をはじめますか。」



この山の持ち主は、地元では有名な大地主だ。



結婚した翌々年の夏、大雨で畑がダメになってしまい絶望に暮れていたところ、大地主から所有する山の手入れという仕事を貰い、2人はなんとか食いつないだ。



しばらくの辛抱、あと少しで畑仕事に戻れる。そう思っていたが、とうとう畑から草が生えることはなかった。



繋ぎだと思っていた芝刈りが様になってきた頃、おじいさんは畑を捨てた。



苦渋の選択だった。



おばあさんが嫁いできた翌年、おじいさんの父は畑を残してあの世へ旅立った。その翌年、追うようにして母も旅立った。



おじいさんに残されたのは、代々続くこの畑と、まだ少女の面影を残した妻だけだった。



「なに、家族なんてまたすぐ増えるさ。たくさん子どもを作って、楽しく賑やかに暮らそう。子どもたちが大きくなれば、畑仕事だって手伝ってくれる。そしたら、今よりもずっと豊かに暮らせるんだ。」



そう言って妻を、いや、自分を奮い立たせていた。



「あなたはいつも前向きね。私、どんなに貧しくても、あなたについて行くって決めたから。だから、家のことは任せてくださいね。」



その翌年、畑を失った。



それから、私と妻は貧しいながらも楽しく、平穏に暮らすことができた。



雨をしのげる家がある。



新しい仕事もある。



明日の食糧もある。



自分を支えてくれる相方もいる。



しかし、2人に子どもができることはなかった。



結婚して10年、20年、30年が過ぎ、とうとう諦めた。



「ごめんね、私が子どもを産める体じゃなくて。」



「なにを言ってる。なにもお前のせいじゃない。子どもがいなくたって、私にはお前がいる。お前にも、私がいる。歳をとっても、2人で支え合っていこう。」



「ありがとう、あなた。愛してるわ。」



それからさらに20年。



2人の背中はすっかり丸くなり、おじいさんは立派な白髭をたくわえていた。



「おはよう、ばあさん。今日も山へ芝刈りに行ってくるよ。」



「気をつけてね。じいさんが明日も働けるように、あたしは川で着物を洗濯してくるよ。」



2人はおそろいの籠を背負い、反対方向へと進んでいった。



家から川までは約10キロ。



おばあさんは毎日往復20キロを歩くことで、足腰はかなり丈夫だった。



川に到着すると、そっと籠を砂利に下ろし、きびだんごを頬張る。おばあさんにとって、それは1日のはじまりであり、至福の時だった。



「うん、今日も美味しくできてる。今ごろじいさんも食べてるかねえ。」



2個目のきびだんごに手をかけたその時、川に何か違和感を感じた。



その違和感は近づくにつれ、だんだんと丸い輪郭を帯びてきた。



「ありゃ、桃かいな。やけに大きな桃だね。ちょうどいい、持って帰ってじいさんの誕生日プレゼントにしよう。」



今日は、おじいさんの70回目の誕生日だ。



食べかけたきびだんごを袋に入れ、まっすぐ桃の流れつく位置まで川の中を進んでいった。



桃はスピードを緩めながらおばあさんの腰あたりに向かってきた。



おばあさんは川底にしっかりと踏ん張り、大きな桃をゆっくり持ち上げた。



少々腰が痛んだが、なんのその。



洗濯なんてすっかり忘れ、大きな桃を籠に入れると帰路についた。



途中、何度か桃が揺れたのは、きっと気のせいだろう。

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