カジタ

 砂瑠璃は片腕だけなのに、一人で馬にも乗れるようになり(かなり苦労するが)紐を縛ったりと一人訓練を重ねていた。



 シュウシュウは多英達と屋敷周りを散策していると、一人の身なりのいい男がシュウシュウ達を、中でもシュウシュウを見て目を輝かせて丁寧な挨拶をしてきた。


 侍女達は、この美しい若者がひと目でシュウシュウに惹かれたのがわかってクスクスと後ろで笑っていた。わからないのはシュウシュウだけである。


 旅人である男は、試験を受けて見事に合格し、何週間と歩いて山を超えて故郷に帰るところだとシュウシュウに話した。


 聞けば家も豊かで、育ちもいい男であった。


 多英は、ハクがシュウシュウを迎えにくることがわかっていたので若者を面倒だとも思ったが、シュウシュウが年の近い若者と楽しげに話すのを見て、邪魔することもなく、侍女達と二人の後ろをついて歩いた。


「こんな山奥で…シュウさまのよな方と会うとは。きっと名のしれた方ですね?」



「いいえ、そんな。ただ、辺鄙な所に住んでいるのは事実ですが、住めば都です。カジタと言いましたね。カジタ殿の故郷はどんな所ですか? 屋敷にいるのでいろいろ知りたいのです」


 シュウシュウが愛らしい声で話すと、カジタはますます嬉しそうに故郷の話や家族の話をした。


 そして、シュウシュウの屋敷に暫く泊まることとなり、そこからまた旅を続けるという話となった。



 侍女達は外部の若く美しい男に大喜びであったが、カジタはシュウシュウの虜であった。


 そして3日ほど泊まったあくる日、カジタは思い切ってシュウシュウにいった。


「シュウ様。私は試験も合格し、輝かしい未来が…自分で言うのもなんですが、待っている。もし、その、良ければあなたに私の故郷に一緒に来て欲しい。なぜなら私は、あなたをひと目見てから、あなたを妻にしたくてたまらないのです」



 情熱的に一息にカジタは言った。

 旅の準備は万端だが、カジタはシュウシュウを一緒に帰りたかったのだ。


 これには庭先にいた侍女達も声をあげて驚き、嬉しそうに笑った。見送るシュウシュウは、気の合うカジタとの別れをさみしく思っていたものの、そんなことを言われるとは思いもしなかったので戸惑った。すると、さっとシュウシュウの前に大きな体が立ちはだかったと思うと、それは砂瑠璃の背中であった。

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