むごい約束

 砂瑠璃はシュウシュウの顔をはっきりと思い出せなくなっていた。もうシュウシュウこと慈恵安泰婦人の壮大な葬儀は暖かな春であったが、今やすっかり寒い。山は既に冬の気配がした。



 砂瑠璃は、最期、脇腹を刺されてこちらを見ているシュウシュウの姿を思い出すのが辛かった。だが、それでも一番愛しい人に変わりはなかった。そして、彼女を思い出そうとすれば必ず同時に自分が殺したゼン王子のことも脳裏に必ずついてくる。




 小さな幼子の胸に剣を突き刺した。気が狂いそうだ。もう自分が狂っているようにも思えた。だが、身の回りに頓着しなくなったが、白い息を吐きながら砂瑠璃は生きていた。



 そした罠にはまった獣を取りに行き、掴み食べるために切り裂く時、幼子の胸に刺した剣の感触を思い出す。



 砂瑠璃は、シュウシュウが耳元で囁いた言葉が忘れられないでいた。



「会いたかった」



 それだけだった。子供を殺すな! と泣き叫び、自分を殺せと叫んでいたシュウシュウ。だが脇腹を刺され、砂瑠璃が近づいたことにより、シュウシュウは小声で囁いたのだ。あれは幻聴か?



 砂瑠璃は自分は恨まれて当然だと思った。王子を刺した時、シュウシュウの恐怖と絶望の顔、耳をつんざくばかりの絶叫が続いて途切れた時、シュウシュウの気を失う瞬間を砂瑠璃は横目で見とめた。


 恨まれている。憎まれているだろう。どうしてこの手で、シュウシュウ様の一番嫌がることをしてしまったのか。



 ああしなければ、シュウシュウが殺されると砂瑠璃は知っていたからだった。でも、あの出来事が、シュウシュウの心を殺した。しかもその後すぐに、シュウシュウは刺され殺されてしまった!



 あの世で自分を恨んでいるだろうか。自分に何もかもを汚されたと思っているだろうか?


 シュウシュウ様は人生をどう思ったのか。俺はシュウシュウ様に恨んでも何されても構わない。だが、シュウシュ様は死んではならなかった!



 砂瑠璃は灰色の兎の体を切り裂きながら、兎の大きな黒目を見ながらシュウシュウが言った「会いたかった」という言葉を思い出しながら、気づかないうちに泣いていた。涙は次々と頬を伝い、唇や顎を濡らした。息は白く、早く火を起こさねば夜は凍える。だがもう昼か夜かもわからない。ただ、兎を裂くだけ。


 とうとう兎を放り投げ、両手が血まみれのまま砂瑠璃は泣いた。



 シュウシュウ様の後を追いたい、追わなければ。砂瑠璃は呆然と生きていただけであった。



 シュウシュウは死ぬ前に自分を化け物のような目で見た。


 死ぬ前にもう、恐れられ、嫌われたのだ。俺の存在が、嫌だったはず。



 何を生きてる。何をシュウシュウ様のいない世界で自分だけ生きようとしている。



 でも、何も考えずに息をする。



 それは、砂瑠璃にはある意味大事であった。何も考えず感じずにも、生きることが。砂瑠璃はシュウシュウから貰った髪飾りがこの世に自分をしがみつかせていると思った。いや、実際その通りだった!



 シュウシュウから貰った女物の髪飾りを手にしながら砂瑠璃はシュウシュウの言葉を恨んだ。



「生きてください」


 シュウシュウは自分に髪飾りをくれながら、そう言った。私を恨む前のことだが、何があっても生きてくれと言ったのだ!あの人の言葉は全て守ってあげたい。




 だが、もう私の魂はもう死んでいる。なぜこのまま生きていなくてはならない?砂瑠璃は泣きながら考えた。


 小屋の床に顔をこすり、木のささくれが頬に刺さるのを砂瑠璃は感じた。一体、こんな日々をいつまで続けろと言う。私はシュウシュウ様の言葉にしがみついているが、シュウシュウ様の真のお心は?




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