シュウシュウのその後
シュウシュウは王宮からも故郷のアザクラからも遠い山に住んでいた。
豪邸であり、たまに通りすぎる旅人はそのお屋敷を見ては目を見張った。
シュウシュウが生きてることは、王宮の者は誰も知らなかった。慈恵安泰婦人の墓は建てられており、そこに眠るは葉月であった。
「シュウ様」
多英が扉の前で優しく囁き頭を下げる。
「どうぞ」
愛らしい声に多英はすっと扉を開ける。王宮の時とはまた変わった出で立ちであるが、シュウシュウの美しさはもう誰の目にも明らかであった。二十を少し越えていた。
屋敷で働く者は多英に選び抜かれており、護衛や下働きもいた。シュウシュウが王の后であったとは誰も知らず、皆、過去のわからないシュウシュウを「シュウ様」または「屋敷のお姫様」と呼び、慕い、シュウシュウが静かな生活を望むことを知っており、配慮して過ごしていた。
ある者は仙女のようだとシュウシュウを例えた。
下働きが、外で村で苛めぬかれている女の話をしていたとき、シュウシュウはその女を屋敷に入れるように話した。それを聞いて、屋敷の者は「そんな下品な者を屋敷に入れるとは」と嫌な気持ちになった。
苛めぬかれていた女はすぐに屋敷に連れてこられた。へらへらと笑い、歯が半分なく、おもおどしていた。年の割に幼く、すぐに腹が大きくなるという噂の女で、背が低く薄汚かった。
皆、その者を見て嫌な顔をした。美しい桃源郷のような世界で身を尽くす覚悟で屋敷に仕える者達で、意識も高かった。
シュウシュウは下女にその女の面度をみるように言った。下女達の誰もが嫌がるとシュウシュウ自ら面倒を見て、下女達は驚き、そしてシュウシュウに見習いその女に優しくするようになった。
女は「ユエ」という名前だと名乗った。そして、会話は馬鹿馬鹿しい事が多く、皆、ユエの話を聞かなかったが、シュウシュウは静かに耳を傾けた。
多英もユエを屋敷に入れるのは大反対であったが、怪我が治って一年もするのに、笑顔のないシュウシュウがユエに熱心に教育を施し(無駄だったが)世話をしている姿を見て、反対するのをあきらめた。
「一年。王宮の噂はこの田舎の山に届かない。だが、必ずやハクが二つの国、いや、三つのを統一する。その時シュウシュウは初めて幸せになれる」
多英はいつもそう考えては、シュウシュウに優しくした。
シュウシュウは葉月の死を悲しむ多英にまた心を開くようになっていた。
シュウシュウは美しさは増すばかりだったが、昔のような溌剌さも笑顔も全くなくなっていた。
そんなシュウシュウを憐れに思い、また、多映英とシュウシュウは祖母と孫のように仲良くなっていった。
もう、自分がどうして生きながらえているのか、若いシュウシュウには分からなかった。
砂瑠璃が子供を斬ったとき、自分の心も散った気がするのだ。ゼン王子。幼い命が目の前で奪われ、刺されるより早く自分が気が遠くなったことを思い出していた。だがシュウシュウは砂瑠璃が子供を刺したことは、砂瑠璃が一番望まないことなのも知っていた。
そうせざるを得なかった砂瑠璃の心を思うだけで、心も体もさらに深く沈み、なにも考えられなくなる。シュウシュウは笑わなくなった。
だからこそ、苛め抜かれる意味もわからず、相手も知らぬ男の子供を身籠り産み落としては、人買いに赤子を盗られていたユエの恐ろしい不幸を見過ごせなかった。時には女からも男からも乱暴もされる。弱い存在のユエ。
自分の生きる意味はわからなかったが、人の不幸は見るも聞くのも耐えられなかった。放っておくことなど、出来なかったのだ。
だが、ユエ自身は、人よりも考える力もなく感情も不安定であり、赤子を盗られれば泣きもするが、またヘラヘラと男についていき、人の神経を逆撫でる。そして惨めな暮らしにも関わらず、ずっと笑っていた。
そして屋敷でシュウシュウに親切にされ、誰からも受けたのことのない初めての親切に、ユエは戸惑い怯えていた。だが暫くするとまた幸せそうにへらへらとして、シュウシュウのことを「仙女様」と言い、失礼な口調や態度ではあるが、シュウシュウに一番に懐いているのは周りの者もよくわかった。
半年もすると、雑用の真似事もできるようになり、ユエを苛める者も辱しめる者もいなくなり、ユエは妙にびくびくした態度や相手を怒らせるような言動がなくなっていた。
一見すると、遠目には普通のおなごにも見えてくるのだった。
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