ハク

 夜も更けたが、時折、助けを求める怪我人の声がする。何とか眠りにつける者もいた。眠れぬ者だけに、シュウシュウは寄り添ってやっていた。


 多英たえいはすっかり疲れて、ゲルの布に寄りかかり眠っていた。


 葉月はづきもシュウシュウに見習い、怪我人を看病した。


「シュウシュウ様」


 葉月が呼ぶのでシュウシュウがふりむくと、葉月が多英に目をやった。シュウシュウは眉間にシワをよせて眠る多英を見てはっとして、多英たえいをそっと起こしにいった。


多英たえい、多英…起きて…」


「は、はい。なんでしょうか?」


「寝床に戻ります。葉月、多英を…」


 シュウシュウが多英を支えながら起こし、隣で不器用そうに葉月が支えようとした。


「結構ですよ、年寄扱いしないで。あいたたた」


 変な姿勢で寝ていたのだ。シュウシュウは自分のわがままに多英を付き合わせたのを心の底から後悔した。多英の唇が乾いている。多英たちは食事もとっていないではないか。


 自分たちのゲルへと戻ると、すっかり冷めた茸粥きのこがゆが置いてあった。シュウシュウは葉月に少し温めるかお湯をたしてくれ、と頼んだ。


 シュウシュウは当たり前のように多英たえいを自分のために作られた食事を持ち、豪奢な寝台へと多英を横にならせた。


 多英たえいは「いけません」と言って降りようとしたが、その隣にシュウシュウがちょこんと並んで座った。


「お願い、昔みたいに一緒に寝てちょうだい。葉月、粥をこちらに。あなたもあたたかいうちに頂きなさい」


 さあ、といって、シュウシュウは多英たえいの口に銀の長い匙で粥を口まで運んだ。


 多英は抵抗したが、観念してゆっくりと口を開けた。


「お腹もすいて、喉も乾いていたでしょう?私ったら、多英や葉月のことを少しも考えずに、許してね」


「でも、この中は暖かいですね」


 葉月が焚火の側でにこっと愛嬌のある大き目の前歯をみせて笑って言った。多英の世話するシュウシュウに驚いていたが、暫くすると慣れた。葉月が続けた。



「実は、私には兵に徴収された兄がいたんです。もう、死んじゃいましたけど…ですから私は今日皆さんのお世話ができて良かったんです。最初は、嫌でしたけど…」


 ゲルの中の焚き火が、葉月の顔を照らしてる。ゲルまでの移動は息も凍りそうなほど寒かったが中は暖かい。夜の山は寒かった。


「今日、シュウシュウ様がしたことは、私、忘れません。だって、わたしの兄にしてくれたのと同じ事ですから」


 シュウシュウは、これから一緒に過ごすであろう侍女に対して暖かい気持ちになった。


「ありがとう。葉月も温かくして寝て下さい」


「はい、食べてから休みます」


 多英は、そんなにも食べることもなく、疲れたと言って横になるとすぐ寝息をたてた。シュウシュウが微笑み、膳をさげようとすると入り口に男が立っていた。


 黒々とした凛々しい眉と大きな目、黒髪が真っ直ぐ垂らした、額を出していて美しい紫の鎧を着ていた。男はシュウシュウが今まで見たこともないような整った美しい顔をしていた。


シュウシュウは驚いて、持っていた盆を落としそうになったがどうにか保ち、寝台のすみへと置き頭を下げた。


 男は頭を下げて挨拶することなく、シュウシュウをじろじろと眺めた。


「あなたは一体…」


 男が聞く。


「ガンム様の遠縁の者です」


 シュウシュウが答える。本当は縁者でも何でもないが、ここではガンムの名を出した方がいいと思った。


「見たところ、そこの女があなたの侍女に見えるが」


ハクは眉をひそめ、多英を顎で指した。


「その通りでございます」


 ハクは、さっき負傷した兵士の手当てをしていたシュウシュウを見ていたのだ。なぜ、こんなところに身分の高そうな女がいるのか不思議だった。更にその女が甲斐甲斐しく負傷者の手当てをしていることにも更に驚いたのだ。


ハクは王宮からやってきていた武官で砂瑠璃達より位が高かった。


そして野営地の様子を数日だけみることにしていたが、兵士達から、ガンムから護衛するように命じられた身分の高い人がゲルにきました、と報告があった。ハクが見に行くとその時のゲルは空だったのだ。


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