心優しい天使の閻魔様は異世界転生してもやっぱTUEEEで恐ろしい。
芦田 黒ばね
一.よくある終わりの始まり
佐藤浩之は今日も地獄を見ている。
右脇腹には散弾銃のようなものを食らった様で、走る度に肉にいくつも空いた穴に血が流れ込み非日常的な音を立てる。 確かにこれは不死身の肉体だが、回復速度は決して早くはない。これほどのダメージを受ければ元に戻るまで一日程度の時間は必要であるだろう。 打たれ続ければ死ぬのだろうか。死という体験はつい最近もしたが、あれは本当の終焉ではない。
後ろから追って来るのは警察組織だろうか? 昼間に病院で出会った者達とは違い、初めて見る者だ。
普通に考えれば、突然町中に学ラン姿の青年が現れる。そんなことをすれば注目の的だ。そこに現地の常識も知らないときたら完全に不審者の塊だろう。異世界転移の序盤なんてどんなにうまくやっても無国籍、住所不定、不法入国者だ。どこかの国のスパイと言われても仕方ないだろう。こうして順当に指名手配されるようになるのは当然で、こそこそと逃げ隠れをする生活を送っている。なんで異世界物語の主人公達はあんな上手いこといっているのだろう。もっと慎重に計画すべきであった。
しかし、彼にとっての地獄とは夜中に宿屋を突然襲撃され腹に穴を開けられ、逃げ回っていることを意味しての地獄でもないし、先ほどいた場所での地獄という意味でもない。序盤から王道過ぎる、何かから逃げてる如何にもな物語の始まり方が嫌であった。前の世界では理不尽な休暇制度で辟易していたが、ここは違う。もう一度ここから快適な夢に見た人生をやり直すつもりで来た。なのに、これから静かで平穏な生活が始まる気が一切しない。 しかし、まだ諦めるつもりはない。
「ちっ、仕方ないの。」
そう言って佐藤 浩之は身を隠していたぼろ布を取り払って覚悟を決めるため大きく息を吸い込み、足を止め、追跡者に振り返り、
――――神となった。
佐藤 浩之の地獄は前言の通り何も今に始まったことではない。
幼少の時から酷い喘息で何度も肺を痛め、酸素は口から鼻に抜けて通った。 辛かったかと聞かれれば、当時の餓鬼の様な肉体では藻掻いても藻掻いても一向に浮かび上がらぬ。地獄の罪人の悲鳴にも負けないものであったろう。
けれども、母は賢明に浩之を治そうと奔走した。深夜に浩之が息苦しく、青い顔をすれば毎日の看病で睡眠不足の体に鞭打ち救急病院へと血相をかかえて連れ出して行ってくれた。 父は製薬会社に勤めていて、海外出張で家を空けることが多かったが、帰ってくれば、色んな治療法を試してくれた。 薬療法は勿論、針治療、ハーブティーなんてものも効くらしいぞと毒のような色をした土産を持って帰ってきては飲ませた。どれもとんでもない味だったが、父も懸命に治そうと頑張ってくれていた。
そうした両親の努力の甲斐あってか中学に上がった時には酷い喘息はおさまってくれていた。 勿論体調の悪い時にはまたぶりかえすこともしばしばあったが、中学二年時には初めはやるつもりが無かったのだが、友人に一度勧められ体験入部したことで、ずるずると、いつの間にやらテニス部に所属し、みなと毎日放課後汗を流し、練習に明け暮れることが出来るようにまでになった。 勉強の方は中の下という感じで、たまにバカをやって先生に怒られている生徒だった。 部活に熱中していたから。ということを理由にも出来るが、実際は小学生時代、入院していた際によくやっていたマイナーゲームのことで話が合い仲良くなってしまったゲーム友達が一番の原因だろう。 夏休みでは、夏祭りの帰りに廃墟となった立ち入り禁止の遊園地を探索していると、誰もいないはずのアトラクションが勝手に動き出し、ギャーギャー言いながら走り回ったのはいい思い出だ。 くじ引きの席替えをするたびに何故か毎回隣にくる女の子 絵美は「またこいつの隣かよ。」と口に出し、周りに照れ隠ししつつ、運命を感じていた。そうして中学三年生の春に初めて彼女が出来て、秋に別れ、泣いて、慰められ、卒業式にまた復縁して、また付き合えることが出来た。 普通の、人によったらつまらないかもしれない、けれど佐藤 浩之にとって順風満帆の人生だった。
終わりは突然訪れた。
高校入学式の日。学校は中高一貫だったので、これまで三年間、ほとんど景色の変わらない、いつもの通学路を歩いていつもの友達との待ち合わせ場所に行くだけのはずだった。 横断歩道を渡ろうと信号が青になり足を踏み出した。 その瞬間、宙に浮いていた。頭でアスファルトの硬さの感触を感じ、生暖かい血の味を味わう。 どうやらニュースで今よく問題になっている自動車事故らしい。 運転手のしわくちゃの顔は何ひとつ変わっていなかった。
(明日はニュースに載って、学校の話題独り占めだな・・・・・・。)
そう言って目蓋をゆっくりと、ゆっくりと閉じ、暗く、深く、遠い、遥か彼方の底へと落ちていった。
最後の記憶はうっすらとしているが、病室で両親と妹2人、そして待ち合わせしてた親友二人が俺の周りにいる場面だ。 友人二人は泣きそうな顔になってやんの。あんな顔、部活最後の試合で負けた時でも見たことがない。 と言うか、母さんは泣いてるし、おやじも何を言っているかわからないが、喋りながら泣きそうだ。早めに反抗期を迎えた妹は髪に隠れてどんな表情しているのかわからない。もう一人の天真爛漫な妹はオロオロして不安がっている様子だ。 ピコン、ピコンと心音に合わせた子供の頃よく聞いた懐かしい心電図の音が聞こえる。
・・・・・・
(あれ、これ俺死ぬの? )
・・・・・・
(いや、確かに結構な衝撃を受けたけど、そんなに痛かった記憶がない。大丈夫じゃ
ないの? なんで?俺の体が生まれつき弱いから?だからあの程度の事故で死ぬの? )
・・・・・
(なんだよ!冗談じゃない!今俺の人生は最高潮なんだよ!まだやりたいこといっぱいあるんだよ!)
・・・・・
(絵美が悲しむだろうな。 悲劇のヒロインみたいになって欲しくないよ)。
・・・・・
(なんだか急激に眠たくなってきた。もう終わりかよ。言いたいことも言わせてくれないのかよ。)
・・・・・・
(あの、まだもう少しやりたいことがあるのでなんとかなりませんかね?)
・・・・・・・・・・・!
(そこをなんとか。)
・・・・・・・・!
(はぁ、わかった。)
・・・・・・
(まぁ、短かったけれど、最高の家族と友人、絵美に出会えた、この世界に生まれてこれて本当に良かったよ。 また必ず会えるから、その時はまた色んな話して、驚くことをして、いつもみたいにバカみたいな笑い声を上げあおう。 みんなみんなありがとう。 いつまでも、いつまでも、大好きだ。)
こうして佐藤 浩之の人生は終わり、
「閻魔様お帰りなさいませ。」
また仕事が始まる。
「なぁ、わしの休暇短くね?」
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