ヒーローズダンジョン

紫かき氷

スーパーヒーローを夢見て




幼い頃からスーパーヒーローに憧れていた。

正義のため、その単純な使命を持って、巨悪から街を守る。

そんな存在になりたいと思っていた。



「タケシ、今月の残業何時間だ?そろそろ記録更新か?」


スーパーヒーローを夢見て、気づけば27歳。大学を卒業し、都内の弱小デザイン会社に勤めて5年目の俺は、居酒屋で友人からいつもの煽りを受けていた。


「ケンジやめてくれ、もう数えるのをやめたところだ」


今の日常も悪くない。弱小のため残業も多いがその分自由に働ける職場、たまに飲みに付き合ってくれる友人、夢見たヒーローにはなれていないが、それでも十分過ぎる日々を送っている。



「そういえば、今月のヒーローズマガジン見たか?」

友人のケンジは漫画雑誌を取り出し、早速いつもの話題を振ってきた。


「ああ、見た。新作出てたけどどうかなー。ヒーローズダンジョン?だよな。あれはヒーローである必要があるのか。。意外性狙っただけとしか思えなくて」


「そうか?設定が凝ってるからどんどん面白くなりそうだけどな。勇者のヒーローってのは斬新なアイディアだろ?」


「確かにな。ただやはりヒーローがいいように使われてるだけのような気がするんだよな」


『ヒーローズマガジン』とは、ヒーローものの漫画だけを集めたマニア向けの月刊漫画雑誌だ。毎月必ず読んでいる。ケンジも昔からヒーロー好きだったため、飲むといつもこの話題を繰り広げている。


高校の頃から読み始めて10年程経つが、この雑誌は今まさに黄金時代を迎えている。アニメシリーズを終えて映画化も決定した『ゴールドアイズ』 を筆頭に『バーニング』『サイバーライダー』『クレイジーマーメイド』『ホーリーポリス』『ジャイアントサンダー』『ドクタースコーピオン』等々…どれも名作と呼べる作品であり、読者の人気投票も頻繁に順位が入れ替わる状態だ。


そんな中今月から新連載の『ヒーローズダンジョン』は少し異質だと感じた。

ヒーローの使命は街を守ること。ダークヒーローだって水面下で街を守っている。

しかしこの作品にはそんな様子は見られない。勇者や戦士、僧侶などのジョブを持った超能力者がダンジョンを攻略していくのがメインの話だ。


街を救うという使命のないヒーローはヒーローじゃない。そう思うと、あまり良い作品だとは感じなかった。



「気をつけて帰れよ」


ヒーローの話をしているとつい飲み過ぎてしまう。ケンジに心配されるも、ひとりになった俺は覚束ない足取りで駅のホームのベンチに座った。

終電間際のため人は少ない。ケンジにもらった水をがぶ飲みしながら電車を待った。


大学生のグループだろうか、陽気に歌をうたいながらホームに登ってきた。飲み会終わりか。アオハルかよ。懐かしいな。

泥酔と言ってもいいほど覚束ない足取りの大学生集団には羨ましさ半分、飲み過ぎだと呆れる半分であった。

まあ人のことは言えないが。


「よーし、帰ったら宅飲みだー!」


おいおい、まだ飲むのか。疲れ知らずだな。

そう思っていると、集団のうち1人の男が走り出した。


「ジャイアントダッシュ!」


おお、まじか。『ジャイアントサンダー』の雷の速度で走る技名じゃないか。マニア雑誌でも人気作品は凄いな。


親近感を覚えているのも束の間、その男はホームから線路へ転落した。

もう既に電車が迫ってきている中だった。


「おい!大丈夫か!!!」


そう言いながら完全に酔いの醒めた俺は自然と走り出していた。


ホームから飛び出し…なんて無謀な事をすることなく、冷静に非常停止ボタンを押していた。



プァァァァーーーーー!!!



虚しくもその男は電車の下で見えなくなった。俺は気を失った。



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