第23話 外の世界

 部屋の扉を開けて入ってきたのは、私たち子供組の面倒を良く見てくれる人で、私は家庭教師の様な存在だと思っている。

 名前は知らない。ただ、周りの人がジルさんと呼んでいることは知っている程度だ。


 因みに、ティナやダリルの祖父であるそうだ。……と、言うことは、私にとっても祖父、おじいちゃんなのか? 


 そのおじいちゃんの見た目だが、金髪に少々白髪が交じり始めた髪の色で、顔が厳つい感じがする。逆に、瞳の色は黄緑色を更に柔らかくしたような、親しみ易さを感じる落ち着く色合いだ。


 ただ、地球に居た頃の記憶と感覚に照らし合わせると、「爺ちゃん」というより少し歳のいった、お父さんくらいの見た目な気がする。

 分かり易くしわくちゃな顔ではなく、そこそこの歳なのに、いまだにスポーツ選手の現役みたいな、本来の歳よりも若く見える、そういった感じの見た目である。

 ちなみに身体はかなり筋肉質だ。少し、折り曲げた袖口から見える、腕の筋肉の盛り上がりがすごい。私の知っている野球選手よりもすごいと思う。


「じぃじ! じぃじも、くんれんしよ!」


「お? ティナ? 儂もやりたいが……そこに伸びてる奴らを起こして、お話を聴かせてあげる時間だ」


「おはなし! だんじょんの! ぼうけんの!」


「そうそう、ダンジョンと冒険者のお話をしよう、では皆を起こしておいで?」


「うん!」


 と、言うことで、皆起きて、おじいちゃんの話を聞く比較的落ち着いた時間を過ごすことになった。


「じぃ、もっと早く来てよ」


「いや、いつも通りの時間に来たつもりだが……あぁ、なるほど。しかし、ダリル、いつまでもティナ一人に負けたままで良いのか?」


「うっ、いや、でも、姉ちゃん、強いし……」


「そうか……マイクはどうなんだ?」


「……はい。いいとは思ってません。でも、勝てません」


「そうか」


 マイクの意見を聞いた後におじいちゃんは私の方に身体を向けた。


 ――――あ、これは、私も同じ質問をされる奴だ。


「ライディは、ティナに負けたままでいいのか?」


 正直、私はティナに負けてそこまで悔しいとは思っていない。私は遊びとして死神ごっこも訓練(チャンバラごっこ)も楽しく出来れば良いと思う。まぁ、訓練も楽しい時もあるが、形勢が崩れた時が悲惨なので、最近はサボり気味である。

 

 しかし、おじいちゃんの、この質問の真意が今一分からない。しかし、何というか、大人が求めていそうな意見を言うのもありだけど……、嘘をつくのも嫌だしなぁ。


「私は、負けたままでいいとは思っていません。でも、ティナに負けることが悔しいとも思っていません」


「……そうか、ティナは訓練が好きか?」


「うん!」


「どうして好きなのだ?」


「たのしいから!」


「……ティナは負けたことはあるか?」


「ないよ!」


「もし、負けたら、どう思う?」


「え? わたし、まけないよ?」


「……そうか」


 ティナの問答を最後に、おじいちゃんは手で眉間を抑え始めた。


 おそらく、思い通りの会話運びにならなかったのだろう。しかし、あれがティナの純粋な気持ちがそのまま表れた会話だったし。どんな回答を望んでいたかは知らないけど、教育方針の変更でも考えているのかな?


「……まぁ、頃合いか」


 少し悩んだような素振りを見せた後に、そう、呟いた。


「よし、今日は課外授業にしよう! 儂らのクランまで連れて行ってやろう!」


「え!? くらん!? やったー!」


「良いのですか!? 前は、子供はダメだって……」


「じぃ、良いの!? うぅ~……やったー!」


 ティナ、マイク、ダリルがそれぞれ喜びあっているが、私は今一この状況についていけてなかった。


「え? クラン?」


 クラン……初耳である。そんなに子供が聞いて喜ぶような場所なのだろうか? 遊具がそろった公園の名称か何か……かな? まぁ、ついていけば分かるか。


 

 そういう訳で、私たちは保育部屋を、訓練に用いていた剣を模した玩具をそれぞれ持たされて、退出し、屋敷を出た。



  何気に、私は屋敷の外に出るのが、これが初めてであることを今、思い出していた。そして、年甲斐の無く興奮していた。


 屋敷の玄関から出ると、石や土を敷き詰めたような茶色めの道路があり、そこを色々な恰好の人達が行き交っていた。


 本当に色々な人達が行き交っている。


 まず、最初に目を引いたのが頭に猫耳やら犬耳やらをはやした人たち、獣人族である。民話や物語などで知ってはいたが実際に目にするのは初めてである。


 しかし、獣人族と一括りにしてはいるが色々な種類がいる。


 人間の頭に耳がついて、お尻にしっぽを生やしている姿形をしている人もいれば、動物がそのまま二足歩行の形に進化したような人達もいた。


 それ以外に目を引くのは、私たち子供よりも少し背の高いくらいのがっちりした体型をしていて、耳が尖っていて、そこに無骨なイヤリングをした人々である。あれは、ドワーフであろう。本で読んだ通りの体型だと思う。


 因みに、その本にはエルフや竜人などの多種多様な亜人種の説明がされていたが、今、この玄関先の道には獣人とドワーフ、人種以外は、ぱっと見ただけでは、分からなかった。


 しかし、その多種多様な人々が身に着けている衣服や装飾、装備がまた自分の知る地球の文化との違いを引き立たせている。


 そういった『発見』が多くて、ライディは目を輝かせていた。



 屋敷の玄関を出ただけで、私の世界が広がった気分である。


 気分は海外旅行だ。まぁ、日本から海を越えるどころか、世界を飛び越えてきてしまっているのだが。


 本でしか知らない、知識でしかない場所に実際に訪れて、ましてや、地球の知識にはないファンタジー感あふれる景色を目の当たりにすれば、興奮してしまうのも仕方がないだろう。


 まぁ、そのお陰で、完全にお上りさんみたいな状態であることを自覚するのが遅れてしまった。


「あっははははっ! ディ! 変な顔してるー!」


 公衆の面前で私を指さして、でっかい声を張り上げるダリル。


 その声にひかれて、振り向く色々な人々。


 ――――いったい、私はどんな顔を?


 興奮の熱から、急に冷や水を浴びせられたように、気分が現実に引き戻されてしまった。そして、周りからの、何というか……生暖かい視線を受けて、じわじわと顔を中心に身体中が熱くなっていくのが分かった。


 羞恥心に口と手がプルプルと震え、俯いたまま、立ち尽くし、玄関先で動けなくなり、何も考えられなくなってしまった。


 その時に、ゴンッと鈍い音がした後に、


「馬鹿もん! レディに対して、『変な顔』なんか言うな!」


「痛ってぇええぇぇえ!」


 私には彼らのやり取りを聞いている余裕がなかったが、何かの悲鳴の後にドッと周りの人達が笑い声をあげた事は分かった。



 ――――穴があったらそれに入りたいぃぃいいぃぃ!

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