第19話 お母さん

 私が転生してきた場所は前回のアーガント竜王国ではなかった。その隣にある都市国家、いや、世界最大のダンジョンを中心に形成された迷宮ダンジョン国家だった。


 そのダンジョン国家の名称は迷宮ダンジョンの名前をそのままとった物で、「ヘル迷宮国家」と言う。


 世界最大の迷宮『ヘル』からの利益、冒険、仕事、名声、栄光などを求めて、世界中から多くの人が人種関係なく集い形成された国家だ。


 世界で一番国家の領地は狭いがどこの国の首都にも負けない賑わいがこの迷宮国にはある。



 そんな国で私、ライディは産まれた。


 そして、迷宮国で産まれてから早3年たち、ライディは母と一緒に生活していた。


 母の名前はエリーヌと言い、この迷宮国の貴族のメイドである。


 母は元々竜王国出身で出稼ぎに迷宮国に訪れていて、職場探しで偶々、貴族のメイドの募集を見つけて、応募したらそのまま働くこととなったそうだ。


 貴族の屋敷でメイドとして働くことに問題はなかった。


 ただ、その貴族の当主にいかんせん問題があった。


 その貴族の当主は女好きで、好色な男と有名だった。なので、その貴族のメイドの募集はいつも張り出されていたが、誰も見向きもしなかった。何も知らない私の母以外は。


 この国に来て間もない母は何も知らず、メイドとしてその貴族に雇われ、仕事が慣れてきた時期の夜に当主の呼び出しを受けて、何も知らない母はそのまま貴族の当主の寝室に赴いてしまった。


 そして、食われてしまい、私、ライディが誕生したということである。


 このことを知った時(2歳の時)、開いた口が塞がらなかった。


 確かに父を見たことなかったが、まさか私が貴族の落胤だったとは、思っていなかった。


 まず、その貴族の当主には正妻と側室がいる。そこにエリーヌが入る余地はない。所謂愛人枠だ。


 そして、私は貴族の名を語れないらしい。貴族の落胤ではあるが、その当主は私の存在を全く認めていない。なので、継承など、相続など貴族の面倒なことは私には降りかかってこない。


 母も正妻とかに恨まれたりもしておらず、そのまま件の貴族の屋敷で働けている。母も特に不満に思っていないようだ。


 まぁ、それは良しとしよう。良くないが。


 ただ、ねぇ? お母さん。



 ――――どうして、お腹大きくなってるの? 私、お母さんが結婚した事は知らないよ? 



 私はついつい遠くを見つめてしまう。頬を引きつらせながら。


 お腹が大きくなり始めてきた母を目の前にライディの思考が現実逃避気味になっていた時――――


「――――ライディちゃん、男の子、女の子どっちが良いかなぁ~?」


 自分に対して母からの呑気な質問。


 私の母は状況をあまり理解していない。一歩間違えばかなり面倒なことになりかねないのに全く危機感が無い。


 でもこの質問には一応答えておく。


「女の子が良いなぁ」


「ライディちゃんは、妹が欲しいのかぁ~、じゃあ女の子が生まれるように神様にお願いしようねぇ~」


 ライディは母、エリーヌに笑顔を向けるが内心では、危なっかしい母を心配している。


 母、エリーヌの人物像は一言でいえば「天然」。もう、これに尽きる。エリーヌは19歳だが、教養があまりある方ではない。それに性格がポヤポヤと温かく優しい為、人を疑わない。


 そして、この時ライディは母、エリーヌとのある時の会話を思い出していた。



 ☆



「お母さん、お父さんはどこにいるのぉ?」


「ん~? ごめんねぇ、お母さんも分からないのぉ~」


 この時、どこか遠くの仕事でもしてるのかな? って思ったライディだが、次のエリーヌ言葉に凍り付く。


「私、男性とキスしたことないのよぉ~、なのに、ライディちゃんが産まれちゃって、ビックリしたのよぉ~? でもライディちゃんは神様が私に授けてくれた娘だって思ったら、納得できたわぁ~」


「――――ん?」


 この時ばかりはライディは聞き間違いを疑った。驚いた表情で母を見つめてしまう。


「どうしたのぉ? ライディちゃん?」


「え、えっと、お母さん、男の人とキスしたら子供が出来るの?」


「うーん、私はそう聞いたことがあるけどなぁ~?」


 異世界はキスで子供が出来るものなのか!? と一瞬本気で考えたが、次のエリーヌの言葉で色々理解できてしまった。


「でも、私が働いてるところのご当主様にキスされそうになったことはあるわね~、でもはさせなかったわぁ~、夜にベッドに押し倒されて服も取られた時は驚いたけど……口を塞いでキスだけは阻止したけどねぇ~、あの時は痛かったなぁ」


「え、」


 ライディはある意味母が恐ろしいと思った。何も知らない。そして何も疑っていない。阻止するところがかなり違う。これは襲う方も悪いが、何も知らず、何も疑わなかった方も悪いのでは? と、つい思ってしまう。それほどまでに母、エリーヌは自分の身に何が起こったのか今も知らず、普通に過ごしている。


 私が産まれた原因をかなりポジティブに考えているし……これは—―――


「ライディちゃん!?」


 母の焦りの声を最後に私の意識は落ちた。



 ☆



 その頃、2歳になりたての私は頭が混乱して動揺し過ぎたのだろう、幼い頭が様々な情報の処理が出来ず、気絶したのだと思う。


 あの時と変わらず、母、エリーヌは優しく微笑んでいる。母は何も変わっていない。


 未だにキスは防いだと言ってくるのだろう。


 母の無知には驚かされるが、こんな母から学んだこともある。



 『知らない方も悪い』と言うことだ。


 しかし、物事を知らなくても母は生き生きと楽しそうに生活している。それを見ると知らないからこそ、ある程度幸せを享受できる面もあるのだろう。


 そう言う風に考えると、ライディ自身、母との生活は幸せだ。


 私に対して、愛情をもって接し、育ててくれる。


 私は、母の膨らんだお腹に触れる。そして、頭をお腹の上にのせて生命の神秘を感じられないか、鼓動が聞こえないか、聴く。


「お腹の子も元気に生れるといいねぇ~」


 そう言いながら、母は私の頭を優しくなでる。


 そのなでる手つきは産まれたばかりの、転生したてのあの頃と変わらない、温かく、やさしい。


 母は変わらないなぁと思う。


 この昔から変わらない優しさ、温かさ、愛情。


 母にこの『ぬくもり』があればそれ以外いらない。


 そう思える。やはり私のお母さんは最強だ。


「お母さん、だぁい好き」


 お腹の子の誕生も楽しみにしながら、ついでに母に甘える。


 温かい、幸せな日々だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る