4-7
「あのさぁ、どうしてあたしを無視するワケ? メールは見てるでしょ?」
廊下を歩いていると、前方からひょっこりと現れた鳴海愛依。腰に手を当て、威圧的に佐久間を睨む。
「ごめん、人を待たせてるから」
佐久間は彼女の横を素通りしようと進んだが、
「聞けよコラッ、勝手に行くなっつーのッ」
愛依は半ば強引に佐久間の腕を掴み、
「これ、委員の連中に伝えといて」
提示されたメモ帳を一瞥した佐久間、
「それを伝えるのは、やっぱりボクの仕事じゃないよ」
「じゃあ誰の仕事だって言いたいの? 結局リーダーを任されたアンタの仕事でしょ?」
「いや、鳴海さんの仕事だよ」
「……ハァ?」
「みんな、鳴海さんを待ってる。ボクだって戻ってきてほしい。まだ遅くないから」
愛依は顔をしかめ、迷惑げな顔で、
「どうしてそう思うの? てか、今さら戻れるわけ……」
「リーダーは鳴海さんだよ、自分から手を挙げたんだから。それに戻れる、ボクだってサポートはするし。洛桜祭を締められるのは鳴海さんしかいないからね」
照れ恥ずかしそうに頬を掻き、わずかに視線を落として、
「わかったよ、そこまで言うなら……。ま、華のあるあたしこそやっぱり適任か」
「……、そうだね。そのとおりだと最近になって思うようになったよ」
翌日、三日ぶりに開かれた企画委員会議では、愛依本人が家庭の事情からしばらく控えていたリーダーの復帰を伝えると、梅桜の生徒を含めた皆の温かい拍手が彼女に送られた。
だがしかし、
「…………」
慢性的な消化不良のような、見るからにやり切れない顔つきで、とりあえずと言わんばかりに手を叩く雫玖。
「…………」
つまらなさそうに単調な拍手を送る燐。
いつもとは変わった導入を終えつつ、企画委員は円滑に打ち合わせを済ませ、各自が持ち場へと動く中、
「あの女を復帰させるなんて、いったいどういうつもりなのよ?」
燐が佐久間の肩を小突きながら不機嫌そうに、ひっそりと彼に耳打ちする。
「このままだとボクが締めのあいさつをしないといけないところだったし」
「それなら私が代わってもよかったのに……」
「それもいいかもしれないけど、ボクは鳴海さんにやってほしい。逃がしたくないから」
◇
――――それから十日近くが経過した。
緊張感を高めつつ迎えた洛桜祭前日。前日ということもあり、最終下校時刻が特別に二時間ほど先延ばしにされている本日。
午後六時を周った、日が完全に落ちた夜空の下、校舎内やグランドのあちらこちらには照明が灯されていた。普段は見られない雰囲気の中、準備に漏れがないかと燐が校舎内を巡っていると、
「よう、準備は順調か?」
一年三組の教室前を通ったら、よく知るあの声が教室内、ひいては廊下にこだました。
「あら、まだ帰ってなかったの?」
不思議と、声が気持ちはずむ。
すでに制服に着替え、大きなスポーツバッグを肩に下げている、燐の幼馴染である小清水蒼斗は彼女の元へと歩み寄り、
「ちょっくら明日の準備を手伝ってて。もう帰るトコ」
「手伝ってくれてありがとう。……蒼斗はその、明日は来てくれる?」
「ああ、行くよ。燐が企画した洛桜祭、楽しみだ」
「私だけじゃなくて、雫玖や佐久間くん、それにたくさんの人数が協力しての企画だけどね。みんなの力も忘れないであげて」
「悪かった。企画委員、実行委員も含めての洛桜祭だもんな」
蒼斗は苦笑いで頭を掻きつつも、――たちまち燐を直視して、
「なあ燐、……その、明日…………」
いつもと違って、言葉の選びに悩みを見せる彼。時に銀髪を弄り、燐からは目線を逸らして。
「明日の午後二時、体育館裏に来てほしい。燐に伝えたいことがあるから」
燐はかすかに目を見開いたが、すぐにこくりと頷いて、
「それじゃ、お気をつけて。バイバイ、蒼斗」
「じゃあな、燐」
二人は背を向け合い、それぞれの行き先へと向かっていく。
◇
「とうとう明日だね、本番。はぁ~、大丈夫かな?」
校舎三階のベランダに掲げられた『ようこそ洛桜祭!』の看板を見ながらしみじみと、不安混じりの吐息を口から漏らした雫玖。
「今日まであっという間だったよ、本当に」
闇夜に灯された照明を頼りに、委員や協力生徒、教師たちは和気藹々と準備を進めていく。これまで企画したことが確かに形となっていく瞬間。
佐久間の横に並び立つ雫玖は、どこか擽ったそうに笑って、
「なんか青春してるね、私たち。佐久間はこんな経験なかったでしょ? 文化祭も学園祭も教室でトランプしてたような人だし」
「よく覚えてるね、そのエピソード。ああでも……、これが青春なのかな? 実感はあまり涌かないけど」
「はは、『青春』の意味って何だろうね? 私にもよくわかんないや」
「気づくものなのか、気づかせてもらうものなのか……。どっちだろうね?」
「どっちでもいいよ、知ることができれば」
そうして雫玖は佐久間の顔を拝見し、
「明日は成功させようね」
「そうだね、成功させよう」
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