3-3

「お、ここだね」


 パンフレットを眺めながら目的の場所に辿り着いた一行。雫玖が黒い一軒家に指を差す。


「……ちょっと、意外と本格的じゃない? 一応は子ども向けでしょ?」


 二階建てのこじんまりとしたホラーハウス。季節柄もあり、オレンジ色のカラー、カボチャ型のオバケ、等身大のドラキュラ模型など、ハロウィンを連想させる装飾が至る箇所に施されている。オープン直後からか、長蛇の列ほどではないものの、十数人がすでにハウスの前で並んでいた。


「燐はどんなのを想像してたの? 対象年齢は中学生前後らしいから、あんまり舐めちゃダメだよ? あれれ、ひょっとして怖い?」


 燐はすまし顔で、それでいていつも以上の凛とした態度で、


「たかがオバケ屋敷、怖いはずないでしょ。夜の館に忍び込めって言われたら怖いでしょうけど、アトラクション用のボロハウスなんて……ねぇ?」


 と、なぜか佐久間に視線をやる燐。

 そんな佐久間はオバケ屋敷を前にしても平然のまま、


「楽しみだね、オバケ屋敷。それじゃあ行こうか」

「燐、無理はしないでよ? 怖かったら素直に言ってよね」


 心配のし過ぎよ、と咎める燐とともに三人は、前方の列が消化したのち、満を持してハウス内へと足を踏み入れる。


「おぉ、暗いね。はぐれないように手を繋ご?」


 わくわくと楽しそうに、隣に手を差し伸ばす雫玖。だが……、


「えっ、燐?」


 バシッ、と即座に掴まれた雫玖の手。


「燐……、離れないようにね。あ、佐久間も」


 潜入直後から、薄暗さが空間を支配している。狭苦しい道幅、ガサガサと耳障りな音、行く先を阻むかのように敷き詰められている足場の紙くず類。壁に手を付けば、布のようなごわごわとした感触が掌を刺激する。


「そろそろ何かあるかな……」


 雫玖がボソッと呟いたその時、


「キャッ!!」


 甲高い悲鳴が偏狭な道幅にこだました。

 声の主――――燐は雫玖にしがみつき、前方をビクビクと指差している。


「ってうわ、燐にビックリだし。……ん? なーんだ、ただの人体模型じゃん。ビビりすぎだって」


 雰囲気を出すためと言わんばかりに角に設置された、成人男性型の人体模型。


「ボクも秋月さんにビックリしたよ。ハハッ」


 と、佐久間が呑気に笑っていると、――――三人の目下、マントを羽織ったドクロの死神が突拍子もなく出現。闇の中鋭い刃を鈍く光らせて、今にも襲いかかろうと鎌を振りかざす。


「キャッ」


 茶髪を手で覆い、キュッと目を瞑った雫玖。


「うわっ」


 何とも特徴のないリアクションで、一歩退いた佐久間。

 そして燐はと言うと――……、


「あっ……あう……」


 雫玖の背に隠れて、涙目で彼女の服をギュッと掴む始末。

 そっと前を見上げ、死神が去ったこと知った雫玖は、温かみを送るように燐の腕を抱き寄せ、


「ほら、先を進まないとっ。モタモタしてるといつまで経っても出られないよっ。佐久間も佐久間も!」

「わっ、わわ私は……大丈夫だから? ま、まずは自分の心配をしたら……どど、どうっ?」

「声、震えてるって! 強がんなくたっていいから!」


 棒のようになった燐を、雫玖は強引に引っ張っていく。そうして迷路のような内部を進みつつ、様々な恐怖の仕掛けに驚き喚き、四苦八苦しながらも三人は先を進んでいった。

 そして、


「ふぅ、あとちょっとだね。まぁ怖いと言えば怖いけど、他と比べても……、って感じ? ……ってあれ、佐久間は?」

「おっ、怖気づいて逃げたんじゃないかしら? 情けないわね、男子のクセして」

「それ、燐が言っちゃう……? うん、逃げずにここまで来れた燐は偉い偉い」


 燐の黒髪をなでなでする雫玖。


「ちょっと、子どもじゃないんだから……」

「そんじゃ、残り頑張ろ?」


 燐がくすぐったそうに雫玖の手を除けようとしていると、


『たくさんの子どもたちを攫って独り占めしていたとあるピエロが、とある館の中でひっそりと暮らしていました。誰にも正体を知られることなく、ひっそりと』


 流れてきたのは女性係員によるアナウンス。それと同時に、温かな橙の光で満たされた空間に雫玖と燐は出た。


「おっ、ひょっとしてゴール?」

「でもおかしいわ、ゴールでこんな放送が流れるかしら?」


 燐の不安を後押しするかのようにアナウンスは続き、


『誰にも知られないまま、子どもたちはピエロのオモチャ。いつまでたっても苦しい悲鳴は鳴りやみません』


「ピエロ……? 何なのよ、いったい?」

「燐、……ちょっと寒くない?」


 ブルッと身震いする雫玖。気のせいだろうか、冷たい空気が室内に充満している。


『けれどもさすがに神様は許してくれません。ある日のこと、そんなピエロに神様はきつ~い裁きを与えたのです。そして無事ピエロは、地獄の門の中へと追いやられました』


「めでたしめでたし……じゃないの?」


 どうやらめでたし、とはいかないようだ。


『しかしピエロは神にすら屈しません。――――ピエロは地獄を這い上がり、再びこの世界へと舞い戻ってきたのです!!』


 そして。

 バァンッ!! と扉を破る激しい音とともに、派手なピエロ姿が雫玖、燐の前に登場。


『子どもたちの前に現れたピエロはきっとこう言うでしょう――――これから素敵なサーカスの始まりだよ、と』


 放送に呼応するように、ピエロの口元がニヤリと歪む。それぞれの手に携えるは、ギラリと輝く包丁と工具用の金槌。


「キャアア!! イヤ、来んなバカ! バカバカバカヘンタイ!! あっち行けバカ!!」

「…………………………」


 涙目で叫ぶ雫玖、唖然茫然の燐。


「しっ、雫玖……はやく脱出するわよっ」


 我に返った燐は雫玖の手を掴み、スタスタとその場から離れるが、


「ちょ、そっち出口じゃない! 引き返してどうする……って、ピエロ追ってきてる!?」

「もういいわ、この際! どこでもいいから脱出よ!」


 そして二人が元の暗闇に戻りかけた直後――――――、


「イヤァァァァァァァァァァァァァ!!」

「りっ、燐……? って、キャアアアアアアアア!!」


 暗闇からゆらりと現れたそれに悲鳴を上げた燐、雫玖。不気味に浮かぶ謎のシルエット。

 ……が、その正体は、


「よかった、やっと見つけたよ。途中ではぐれたから心配して」


 涙目で縋り合う燐、雫玖は――佐久間導寿を確認するや否や、へなへなと床に崩れ落ち、


「だから髪を切れって言ったのよ! ホンモノが現れたかと思ったわ!」

「ばかばかばか! って、なに呑気に笑ってんの!?」

「ハハッ、ゴメンゴメン。腰を抜かした秋月さんが面白くて」

「そこ、笑うところなの!? まったくもう、宇宙人よキミは!!」


 二人の女子は深いため息を吐きながら、安定しない足腰でその場を立つ。そして佐久間を加えた一向はやっとのことで、短くも長い迷宮を抜けることができたのであった。

 晴天の元に出た三人、雫玖はうーんと伸びをし、


「最後はシャレにならなかったよ。友達とこういうのには入るけど、あれはさすがに……」


 彼女のお隣、燐はジワリと目尻を濡らして、


「雫玖……っ」


 雫玖の胸元へと乞うように飛びつく。雫玖は子どもを慰めるように燐の頭を撫で、


「うんうん、もう大丈夫。こうやって頼ってくれるのは恥ずかしいことじゃないんだから」


 唯一の男、佐久間はあくまでもマイペースで、


「結構怖かったね。何回かは声を上げたよ」

「ぶっちゃけ一番怖かったのは最後の佐久間だったけどね……」


 と、雫玖が佐久間にジト目を送っているうちに、燐がゆっくりと顔を上げて、


「ごめんなさい、みっともないところを見せて……」

「いいっていいって。燐の超かわいートコ見れて満足だし」

「誰かに言いふらしでもしたら怒るんだから」

「大丈夫、ナイショにするから。どうせ佐久間も言わないだろうし」


 佐久間も簡単に頷く。

 燐は恨みがましくホラーハウスを睨み、


「思ったけど、洛桜祭では怖さよりもエンタメ性を重視したほうがよさそうね。お客のメインは小中学生だし」

「だね。軽く怯えさせて、あとは仮装を楽しんでもらえるくらいでいいっしょ?」


 雫玖は気づいた点をメモ帳に記していく。


「他のみんなにもここを経験してもらいましょう。きっと私たちに賛同してくれるわ」


 洛桜祭への提案というよりは、このオバケ屋敷への愚痴という形にはなった意見交換だが、


「そんじゃ、次はどうしよっか? 燐、佐久間、行きたいとこある? お昼にはまだ早いし」

「けど、悠長に遊ぶには時間が足りないわね。たしか待ち合わせ場所の近くにグッズコーナーがあったから、とりあえずそこに行ってみない?」

「お、いいね」


 すると燐は、俯き加減で雫玖の袖をつまみ、


「私……あまりセンスはないから、雫玖も一緒に選んでくれない?」


 刹那、雫玖はハッと目を丸くするものの、


「いいよ、私のセンスを楽しみにしててね。あ、佐久間もショッピングでいい?」

「いいよ」


 というわけで、三人は次の行先へと向かうことにした。

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