2. 必ずやあなたの本性を暴いて見せましょう

「イリア嬢の神聖魔法は、悪を滅するモンスター相手の切り札だ。

 それを――活躍の場が奪われるからという理由で、闇討ちしようとは……」


 今日の魔法演習は、モンスターを相手にした危険な演習。

 冒険者の育成を掲げる私たちの学園では、実力を身に着けさせるために定期的に行われます。

 多少の危険は伴いますが、学園に通うものは強制参加。

 そして、それは一国の主となる王子であっても例外ではありません。


 いくら学園で行われるものといっても、けが人が出ることも少なくない危険なものです。

 過去には死者が出たこともある、まさしく命懸けのもの。

 パーティーを全滅させかねない愚かなふるまいを、私がするはずがありません。


「常識的に考えてくださいませ!

 そんなこと! 私に自殺願望でもなければやりませんよ!」


「ハッ、どうだか。おおかた先のことなど、何も考えていなかったのだろう?」


 疑惑は一向に晴れません。

 幼少期に婚約して長く時を同じにしたものですが……理解しあうことはできなかったようです。

 彼ら中で、私がイリアさんを亡き者にしようとしたのは確定事項。


「その顔はもう、見たくもない!

 即刻、このパーティーから出ていけ!」


「で、殿下?」


 い、今なんとおっしゃいましたか?

 ここは、大量のモンスターがはびこる危険な森の中ですよ。

 冗談でしょう……? 


 呆然と見つめ返すも、ヴォン殿下は真顔でこう言い捨てます。


「ふん。貴様の微弱な魔法なぞ、あってもなくても戦力的には変わらん。

 私たちにはイリアがいるしな」


「わ、私だって……」


「君のような魔力量の少ない者が何をできるっていうんだい?

 私たちの後に隠れているだけだったよね。それならまだ良い。

 ……悪いけれど、身内を殺そうとする危険人物を置いておくわけにはいかない」


 ロキの冷たい視線が私を射抜きます。


「殿下! 嘘ですよね、殿下!

 まさかこんな場所に、婚約者を置き去りになんてしないですよね!?」


 たしかに良い婚約者とは言えなかったかもしれません。

 特に、生まれつきの魔力量の少なさだけは、どうしようもなかったです。

 どれだけ魔力を効率的に運用するよう訓練しても、人並みの魔法を使うのが精いっぱい。


 それでも、将来王子の隣に立って恥ずかしくないようにと。

 魔法がダメなら他の部分で殿下を支えようと、貴族令嬢としての立ち振る舞いを必死に学んできたつもりです。

 それなのに、こんなことって――


「当然、婚約は破棄する。

 ああ、対外的には婚約者の"事故死"によって、新たな婚約者候補を探すことになるだろう」

 

 突き付けられたのは無機質な鋼の剣。


 イリアに宣言しておきたかったんだ。

 私の心は、決して君以外には向いていないと。

 だからこそ、これから死ぬ相手に対してでも。婚約破棄を宣言する意味がある。


 ――ようやく"真実の愛"を見つけたんだ、と殿下。

 親によって決められた、国のための婚約ではない。

 自分の心で決めた、私のたった1人の愛おしい人。 


 その視線が向けられるのは、婚約者の私ではない。


「イリア! あなた殿下に何をしたの!」


 殿下の手のなかに収まったイリアに思わず声をかける。

 イリアは、ビクッと方を震わせました。演技でしょう。

 ……しらじらしいことです。


「黙れ! 貴様にイリアと話す権利はない!

 去り際ぐらい大人しく立ち去ったらどうだ?」


 怯えたイリアを見て激昂する殿下。

 もちろんイリアのそれは全て演技でしょう。

 しかしその演技を見抜くものは、ここにはいなません。

 

 ――殺される

 

 殺気。それも本気も本気。

 殿下の酷薄な顔を見て、そう悟りました。


 公爵家の令嬢との婚約破棄。

 そう簡単には覆せるものではありません。

 それを理解しているからこそ……


 ――私を遠征中の事故死に見せかけてまで?


「そこまで落ちてしまったのですが、殿下」


「そんな目を向けるな! 最後まで忌々しいやつだ。

 ……ふん。直接、手を下すまでもない」


 さすがに、殿下には失望しました。 

 悲しそうな目を向ける私に、殿下はこう私に告げました。


「どこへでも行くが良い。

 人目につかず、ひっそりと野垂れ死ね」


 ああ……どうしてこうなってしまったのか。

 勝ち誇ったような笑みを浮かべる性悪令嬢・イリア。

 あの笑顔のどこを見て、殿下は彼女を信用したのでしょうか。

 

 油断なく剣を構えるジークも。

 杖をもてあそぶロキも。

 静観しています、そうこの事態を黙認しています。


「お世話になりましたわ。

 殿下、いつか分かり合えると信じておりました。さようなら」


 ――なんでその性悪の言うことだけを信じたの?


 徹底的な断絶。

 今後、彼らと道が交わることはないでしょう。


 本当のことをいうと、口汚く罵りたかった。

 これまでの生活にも、不平不満はいっぱいあります。


 ――でも言ったら負けなんでしょうね……


 この状況で私が何をいっても、彼らの行動は変わらないでしょう。

 ここでみっともなくあがいても、あの性悪女を喜ばせてしまう結果になるでしょう。

 そう悟ったから。


 私は、涙をこらえて彼らに背を向けました。

 向かう先は、モンスターの蔓延る危険な森の中。


 ――イリア、ここでは敗北を認めましょう。


 でもね、私は諦めが悪いの。

 絶対にこのままでは終わらせません。


 生きて帰ります。

 そして、必ずやあなたの本性を暴いて見せましょう。

 そのときまで、首を洗って待っていなさい。

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