家出物語(仮)

K・t

プロローグ

 家出というものは、普通ならひっそりこっそりとするものである。


「ちょっとー! 何で追っかけてくるのよぅ!!」


 長い髪と、身分を隠すために羽織はおったマントがばたばたと音を立ててはためく。


 フリクティー王国の第二王女であるセクティアは、鬱蒼うっそうと茂った木々の中を、栗毛の愛馬を全速力で走らせていた。怒号のごとく響く足音は、樹木の海と呼ぶべき森の只中にあってもき消されることはない。


「お戻り下さい、姫様っ」


 後方から聞こえるのは追手の兵士達の声と、彼らが騎乗する数頭の馬の足音。そこへ兵士が着込んだ甲冑かっちゅうのがちゃがちゃという耳障りな音が加わり、うるさいことこの上なかった。


「だから、私は家出するの! 放って置いて!!」


 セクティアは後ろへと怒鳴ったが、兵士が耳を傾ける様子はない。先刻からずっとこんな調子で、王女と兵士は追いかけっこを繰り広げていた。



 ことの発端ほったんは昨日の食事の席での出来事だった。


『明日、家出するから』


 これは、白いテーブルクロスがかけられた長テーブルに座って食事を取っていた家族、つまりは王族の面々に向かって言い放ったセリフである。

 まぁこれでは「何で追いかけてくるの?」どころではないのだが、箱入り娘の頭は不満でいっぱいだった。


「まったく! 馬の乗りかたを習っておいて良かったっ!」


 とは本心からだ。


 幼い頃から体を動かすことが好きだったセクティアにとって、風を全身に感じられる”乗馬”は素晴らしい行為だった。危ないからと止める周囲を無視し続け、男の子達に交ざって嬉々として教わったものだ。


 実際、王女の乗馬能力には目を見張る物があり、こうして城に仕える正規兵が数人がかりで必死に追いかけても捕まらないくらいなのである。


「……」


 どんどんと景色を掻き分けていると、ふいに過去の記憶が脳裏をぎった。乗馬といえば思い出す面影……、「彼」は今、どうしているだろう。馬を並べ、共に汗を流した幼なじみの――。


「姫様っっ!!」


 相も変わらず追いかけてくる兵士の怒鳴り声が調子を変え、思い出に浸りかけていた思考を切り裂いた。それはまるで若い女性の悲鳴のように黄色みを帯びていた。


「えっ、何? おどかそうたって……」

「ま、前っ! 前―!」


 言われるがままに改めて前方を確認すれば、森が唐突に終わっており、ついでにいうと地面までもが終わりを告げていた。要するにがけである。


「げげっ!!」


 青ざめた兵士達が最後に見たものは、真っ逆さまに落ちていく馬と王女の恐怖の形相ぎょうそう。それはとても王族の人間とは思えない悲鳴と顔だった。

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