12章 姉妹喧嘩
【2-4a】疑念
夜が更けてきた頃、学院に戻ってきたアーサーは赤い血にまみれていた。
白いケープに制服、アーサーの頬にまで返り血がついているようだった。アーサーとすれ違う誰もが顔から血の気が引いていた。
そんな視線に構わず寮への帰路を辿ると、寮の扉でアナスタシアやパーシヴァル、ギネヴィア、そして聖女シャウトゥが迎える。
「ど、どうしたのですか……? ち、血が……」
最初こそ無表情なアーサーは、一転してニコリと皆に笑いかけた。
「いや。修行で魔族を相手にしてたらちょっとな……」
「もう! 一瞬誰かを殺したのかと思いました!」
「はは。アナ、剣士なら血を浴びる覚悟は必要だぞ。それで、どうして学院長がここに?」
シャウトゥが問われると、皆シャウトゥを見る。シャウトは神妙な面持ちで、
「……。皆さん、落ち着いて聞いてください。まず、ティエンとユエ、他多数の生徒たちが魔王の手に落ちました」
「そんな! あの二人が……!? 魔王に操られたということですか!?」
アナスタシア、ギネヴィアが驚愕した。シャウトゥは首を横に振り、「わかりません」と言う。
「ジャンヌの布都御魂の精神操作魔法も考えられますが、定かではありません。少なくとも『思念草』が生きていることから生存は確認されています」
「思念草……。僕たちが入学した時のオリエンテーリングの時に植えた鉢ですよね」
思念草。パーシヴァルの言うとおり、学院に入学する際に植えた多年草の苗を植えることになる。
これは植えた本人と同調して成長し、これが生きている間は本人も生きていることを表し、安否を確認できる、とオリエンテーリングで説明があったもの。
「そして、それに関してもう一つ。皆さん、気を確かに持ってください。……。魔族の討伐に向かったガヴェインの思念草が枯れました」
「枯れた……? 聖女様、どういうことですか……?」
ギネヴィアが蒼白な血相でシャウトゥに詰め寄った。シャウトゥはまるで悲しみの表情で、ギネヴィアと目を合わせず、意を決して言った。
「思念草が枯れた。つまり、植えた本人も死に絶えた、ということです……」
「は……? アイツが……、死んだ……?」
ギネヴィアはその事実に呆然とし、頭を抱えこむ。身を案じるアナスタシアがギネヴィアの肩を抱きかかえる。
「ギネヴィア! しっかり……!」
「……。確かに調子のいいヤツだったよ……? でも……、でも……」
ギネヴィアの頭の中にヴィジョンが走る。いきなりとはいえ肌を重ね、訓練でお互いを認めあった。戦友として戦っていくのだろう。そう思っていた身近な同級生が『死んだ』と学院長が言ったのだ。
そう考えを巡らせていると、ある顔が頭に過った。
こちらに笑いかける、ギネヴィアと同じ髪色の女の顔が。
「誰が……、誰が殺したんですか!? まさか、『アイツ』」なんですか!? 聖女様!!」
ギネヴィアが今度は血眼でシャウトゥに掴みかかった。とても冷静ではないギネヴィアをアナスタシアは引き剥がそうとする。
シャウトゥはしばらく沈黙し、やがて口を開いた。
「魔王軍によって殺害された……。その可能性はあるでしょう……。彼らは目的のためには手段を選びませんから……」
「……!! やっぱり、アイツが……!!」
そう悟ったギネヴィア。すると、怒りに震える体から緑色のオーラが立ち上る。
「これって……? あ、待ってギネヴィア! どちらに……」
「魔王軍の所に決まってんでしょ!! アイツら、とうとう人間を手にかけたんだ……!!」
「もう遅いですよ……! 明日でも……」
「うるさい!! ワタシはもう、この怒りを……どうすることもできないんだ!!」
怒りに任せて走り去るギネヴィアに誰も彼女を呼び止めることはできなかった。
ここにいる誰もが立ち尽くす中、アーサーがシャウトゥに尋ねる。
「学院長、ギネヴィアのあれは……」
「……。もしかしたら、あの術の兆しなのかもしれません」
「『剣憑依』……」
「そんなこと言ってる場合ですか!? ギネヴィアを止めなければ……! S級権限を使ってでも止めます!」
ギネヴィアの身を案じるアナスタシアは、そう言うとギネヴィアの後を追い始めた。それに連れて、パーシヴァルもついて行こうとするが、一度立ち止まり、
「ねぇ、アーサー。その血は、本当に魔族のものなんだね?」
パーシヴァルは背中越しにアーサーに聞く。アーサーはキョトンとした表情で、
「? パーシヴァル? どうしたんだ?」
「……。いや、なんでもない」
そう言うと、パーシヴァルもアナスタシアの後を追い始めた。
Sクラス寮の前に残ったのは血みどろのアーサーとシャウトゥのみ。
アーサーはギネヴィアを追いかける二人を見送ると、寮に入ろうとドアノブに手をかける。
「照木迅……。アイツまで俺から搾取を……」
そう呟いたときだった。
「どうでしたか? 人斬りとなった感想は?」
手が止まった。
「……。分かっていたのか……。俺をどうする気だ?」
「どうもしません」
その先に言葉はなかった。シャウトゥの意図が理解し難いアーサーが言葉を紡ぐ。
「アンタは……、一体何を企んでいるんだ?」
「私は剣士としてのあなた達の成長が楽しみなの。ガヴェインがその糧となったなら、その運命も受け入れましょう」
シャウトゥはそう言うと、寮から立ち去ろうとした。そして、口を歪めて、
「あなたの思念草は着実に開花に向かっているわ。そして、あの娘も……。ふふっ!」
「ふぃー……! 帰ってきたって感じだな!」
見慣れた情景が見えた鉄幹が伸びをする。
もう太陽はオレンジ色の夕日になっている。新たに魔王軍に加わる学徒たちを引き連れた迅たちは、ダート郊外の集落に戻ってきた。それを先遣隊として集落を確保していたオルフェやソードハンター、そしてエヴァンが入り口で迎えていた。
「あれが魔王……」
ユエがエヴァンを見て呟く。
「案外フツーだね。ていうか、結構イケメン?」
そう言うティエンとユエは警戒心がなさそうだった。しかし、元討伐隊の学徒たちは少し戸惑っている様子。
入り口までたどり着くと、エヴァンが前に出る。
「その様子だと、例の魔族との交渉は失敗したようだな」
迅たちが事を説明する。討伐隊の手が入り、交渉の前に倒されてしまったこと。それを聞いたエヴァンが元討伐隊の学徒たちを睨むと、学徒たちは震え上がって萎縮する。エヴァンは一つ溜息をつき、
「構わん。言語を使っているかも分からん魔族との交渉自体無理があったかもしれんからな。それに、味方に引き入れないでも、やりようはある」
「それと……、クロエ」
クロエは迅に呼ばれ、見下ろすエヴァンを一瞬でも警戒はした。しかし、ティエンとユエが隣に並び、一緒に言いたいことを言ってくれるらしい。深呼吸をしてエヴァンを見る。
「わたし、本当は元の世界に帰りたくないの」
「……」
無言で見下ろしているエヴァンにクロエは言葉を失う。そこで、ティエンとユエがクロエの両腕を掴み、「アタシも」「ワタシも」とエヴァンに訴えかける。
「だから……、この世界にいていいですか……?」
クロエは顔を伺うように尋ねる。エヴァンは答えを出した。
「駄目だ。帰れる世界があるなら帰れ」
「そんな……! なんで!?」
「この世界はネイティブに返すべきだ。これ以上、この世界を土足で踏みにじるべきではない。コイツとも約束したことだ」
顔でソードハンターを指すが、そのソードハンターは悩ましげに顔をひねる。
「エヴァン。アレは言ったけどよ、ネイティブはほとんど剣になっちまった。今更オイラたちに返すつってもアレなんだよ。寂しい世界になっちまう。だから、オイラはいいぜ。ここを在り所にしても」
「おじさん……、ありがとう!」
クロエは礼をいうが、エヴァンは良くないようで、眉間にシワを寄せている。そこでひかるが前に出た。
「エヴァンさん言いましたよね。『これは自由を賭けた戦いだ』的なこと。クロエちゃんは私たちを見送るために戦う。そんな自由も許してくれないんですか?」
「……」
ひかるの問いに答えず、エヴァンは背を向けた。
「この集落をしばらく駐屯地とする。後に作戦を確認しよう。その時まで休息を取れ」
「ねぇ、エヴァン。あなたにとってこの戦いはなんなの?」
去ろうとするエヴァンにイリーナが問いかけると、エヴァンは立ち止まり、背中越しに答える。
「……。この戦いは……、俺の贖罪だ」
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