【2-2b】新たなトリックスター

 ドォォォオオン!!


「うわっ!」


「ひゃぁっ!」


 凄まじい衝撃音とともに船内が激しく揺れ、ひかるは椅子から転げ落ちた。迅はベッドから起き上がってひかるに駆け寄る。怪我はないらしい。


 衝撃音は続いて二波、三波と続いていく。


 立っていられないほどの揺れの中、二人はドアに向かおうとしたが、先にドアを開け入ってきたのはオルフェだった。


「君たち!」


「先生! 何かあったんですか、コレ!?」


「港にいるトリックスターたちの狙撃を受けたんだ。待ち伏せされていたらしい。今、エヴァンさんや魔族たちが食い止めてるが……」


「照木くん!」


「はい!」


 二人はオルフェの後を追うように船外へ出ていった。


 甲板へ出ると、鉄幹やイリーナ、イリーナの脚につかまっているクロエの他にも、ソードハンターや鎧の魔族たちも集まっていた。


 こちらに向かってくる魔法の弾を空を飛ぶエヴァンや有翼の魔族たちによって着弾する前に攻撃で相殺していた。


 船を操縦する船員たちは大慌てで船の上を走り回っている。


「ちくしょう……、やっぱり魔族なんか乗せるじゃなかったぜ……」


 と、走り通りすがった船員の後悔の弱音を吐いていたのが聞こえた。そう言いながらも、脱出用の小舟を準備をしている。


 すると、イリーナがハッとしてソードハンターに振り向く。


「ねぇ! あなた移動する魔法使えるでしょ!? 岸まで送れる!?」


「あ、あぁ!! わりぃ、ウッカリしてたぜ!! ちっと待ってろ!!」


 ソードハンターは目を閉じて甲板の広さいっぱいに光の円を展開し、しばらくして円が閃くと円の中の迅たちは姿を消した。













 光が収まり、迅たちが目を開けると港の岸壁に現れたらしい。


 そして、学院の制服を着た何人もの学生たちが迅たちの前に立ちはだかり、霊晶剣を抜いていた。


 迅たちも各々霊晶剣を握る。しかし、先頭の迅の前に上空からエヴァンが勢いよく降り立ってきた。


「エヴァンさん……?」


「貴様らは、仮にも勇者を志す雛鳥どもだな。魔王を倒おす意思は結構だ。だがな……」


 スッとエヴァンは立ち上がると、鋭い眼光と殺気を放ち、髪が、水面が揺れた。トリックスターたちを震え上がらせた。


「船員は人間だ! そいつらを巻き込んで、お前たちは何を守るつもりだ!! 聖女の教えをなぞっただけの意思で英雄になれるとでも思ったか!?」


 魔族や魔王に挑まんとしていたトリックスターたちは、たじろぐ者、俯き剣を下ろす者たちなど、戦闘の意思に迷いが現れているようだった。そんな中で、


「よぉ、おいでなすったか魔王軍団」


 学院生たちが道を開け、後ろからやってきたのは白いケープを身に纏った二人。一人は、


「ナーディア……」


「……」


 イリーナが深刻な顔持ちで対面した実の妹、ナーディアことギネヴィアは、イリーナを無言で睨む。


 もう一人は、


「誰だ、お前?」


 鉄幹を始めとした誰も知らない顔で、迅や鉄幹辺りと同い年くらいの日本人の少年だった。不敵な笑みでエヴァンたちを見据えている。


 エヴァンが塞がった右目に手を添えると、


「なるほど。本拠地を発つ前に疼いてたんだ。お前が新しいトリックスターだな?」


「まぁな。オレは高峰……。いや、今は『ガヴェイン』か。船狙わせたのはオレだ」


「……。はじめましてだね、ガヴェインくん。エヴァンさんも言ったけど、非戦闘員に攻撃するのは勇者の信条にもとる。学院でも習うはずだ」


 オルフェがそう言うが、ガヴェインはなんともない顔で、


「わりぃな。オレ新参者だしさ。それに授業はあんま聞いてねぇんだわ。ま、先手必勝って言うだろ? サッカーでも始めの勢いが勝利を掴むんだよ。いくぜ……! ガラティーン!」


 そう言い捨てると、ガヴェインは右腕のオレンジ色の光から霊晶剣を取り出した。両刃で槍のような切っ先がついた剣だった。


 ギネヴィアも大剣バルムンクを召喚し、イリーナに向けて構える。


 イリーナは一度は伏目がちになるが、まっすぐ剣を握る妹の姿を見据え、アスカロンを呼び出した。迅たちも各々霊晶剣を引き抜く。


「……。わかってる。アナタと分かり合うまで、アタシも戦う」


「うざっ……」


 イリーナは地面を蹴って悪態をつくギネヴィアに向かう。右から振り抜いたイリーナの一撃にギネヴィアはバルムンクを縦にして防ぎ、強く押し払ってイリーナを仰け反らせた。


「おっしゃぁ!」


 仰け反ったイリーナにガヴェインが刺突の構えで迫る。


 しかし鉄幹が横から間に入り、逆袈裟でガヴェインの剣を斬り上げて刺突を阻止する。そして両者は剣戟をぶつけ合う。


「なんだよお前!」


「姉妹喧嘩に横槍入れんじゃねぇ!」


「ヤロウ……。おい! テメーらも見てねぇでやれ!」


 ガヴェインが周囲の学院生に言い散らし、学院生たちは戸惑いながらも剣を構え、群れながらエヴァンたちに迫っていく。


 エヴァンは攻めることなく、あろうことか仁王立ちで学園の雛鳥たちを見やっている。


「ちょっと……! 敵来ますって……、もう!」


 動かないエヴァンに文句を漏らす迅たちや、鎧の魔族を筆頭に魔族たちも数に対して数で迎え撃つ。霊晶剣を使う学院生に魔族は圧されるが、隣の者を守るように霊晶剣を使う迅たちのフォローが入り、連携で一人二人ずつ制していった。


「テメーら、しっかりしろ!! 仮にも先輩だろ!?」


 劣勢になっていく学院生サイドにガヴェインは怒鳴り散らす。学院生たちはそれに萎縮して防戦一方となる。


「蛙の子は蛙だな。司令塔がまるで務まってないぞ、トリックスター」


 涼しい顔をして立っているだけのエヴァンに、鉄幹と交戦するガヴェインは更に苛立ちを募らせた。


「うっせぇ!! 突っ立ってねぇでテメェも……! べほっ……!!」


 対する鉄幹が、ガヴェインの剣を弾いて腹に鞘を突き出すと、ガヴェインは唾を吐き散らして仰け反った。腹を押さえて咳き込んでいる。


「誰だか知らねぇが、ピヨピヨ鳴いてる男にオレは負ける気がしねぇ!!」


「ヤロォ……。こうなったら……!」


 ガヴェインは口を拭って、剣を地面に突き立てようとした。


 鈍く大きい破裂音のようななにかが近海から伝わってきた。水しぶきが港町の真ん中まで飛び散る。


 港にいる誰もが海を見ると、巨大な何かが水面から空へ飛んでいった。


 クジラ並みの巨大な影。しかしクジラではない。黒い毛並みの大きな鳥が巨体から海水を流しながら現れた。


 かん高い雄たけびが港町にこだまする。


「あれって確か……」


 迅たちには見覚えがあった。いつか王都を襲った巨大な鳥と同じ形。しかし驚愕するギネヴィアが同個体ということを教えてくれる。


「あの時の……! まだ生きてたなんて、そんな……!」


「でかっ!! なんだなんだ!? 魔王の増援か!? ガラティーン!!」


 巨鳥を知らないガヴェインは巨体に向かって構え直し、剣を地面に突き立てる。


 巨鳥の真上にオレンジ色の魔法陣が展開されるが、巨鳥はこれを避けて、水面が先程以上の破裂音を伴って爆ぜる。


 巨鳥は港町を旋回していると、翼から抜けた羽がヒラヒラと落ちてくる。


「くっそ! おい! いったん逃げんぞ!」


「は? なんでよ……、きゃっ!!」


 危機を感じたガヴェインは真っ先にギネヴィアの手首を掴んで岸から海に飛び込んだ。


「あっ! ナーディア!!」


 イリーナの静止の声は届かず、二人は海に消えた。


 一方で空から散る羽の脅威に備え、各々退避するか、魔法の結界を展開する。しかし、


「うぐっ……! 足が……」


 ただ一人、足を負傷して動けない男子学院生がいた。Bクラスのケープを羽織った地球人のような男子。彼に向かって熱を帯びはじめた羽が落ちていく。


「ダメ!!」


 そう叫んで飛び出したのはクロエだった。クロエは男子を突き飛ばして自ら羽の下に立つ。剣を盾にしたが、羽は剣に触れると輝きを増して、


「クロエちゃん!!」


「クロエっ!!」


 爆発した。ひかるやイリーナの叫びも虚しく、その衝撃で小さな体は吹き飛んで、地面に投げ出された。


「あ、あ……。クロエ……、クロエ……!!」


 イリーナは顔を青くして真っ先に倒れたクロエに駆け寄った。軽い体を抱きかかえると、クロエはグッタリとしていた。


 クロエに庇われた男子学院生は口をパクパクさせて唖然としている。


 一方、空の巨鳥は翼をばたつかせ、港町の空から飛び去ってしまった。


 エヴァンは顔を渋らせながら去る姿をただ見送り、左手を広げ学院生に聞こえるように声を張り上げる。


「聞け! 雛鳥ども! お前たちの統率者は逃亡を図った。お前たちを見捨ててな。我々魔族及びトリックスターはセフィロトを聖女より開放し、元の世界への帰還を目指す。これ以上我々を妨げなければ、命は保証する。家に籠もるなり我が軍門に下るなり、それはお前たちの自由だ」


 学院生たちの誰もがすぐに反抗の意思を示さず、隣の生徒と顔を見合わせ戸惑っているようだった。


「セフィロトを開放? 帰れるのか?」「魔王の言うことだろ? 信じられるか?」「でも命が助かるなら……」


 学院生たちが騒然とする中、迅は武装解除した学院生の前で地面に伏している小さな影を見つけ、すぐに駆け寄った。


 イリーナもその小さな姿に驚愕して、走り出す。


「クロエ……!!」


 イリーナは必死な顔持ちで小さいクロエの体を真っ先に抱えた。グッタリしており、呼吸が浅い。オルフェも傍に寄り、クロエの容態を看る。


「先程の爆発、幼い体には強烈だったみたいだ。幸い、剣の加護で骨折はしていないが、私達にできる手当てはしよう。迅くん、リディルは使えるかい?」


「やってみないとなんとも……。やってみます」


「クロエ……。クロエ……。大丈夫よね……?」


 イリーナは心配しながらクロエの身体を迅たちに託した。今にも泣きそうなイリーナの身体をひかるが優しく抱きしめる。

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