最終話 さようならをキミに

「たしかに俺はお前の顔みたら吐きそうだって言った。それは事実だ」


「そうでしょ。だから離して」


「最後まで聞けって!!」


「っ」


「俺はお前に隠してる気持ちがあった。それを消すためにアメリカに行くんだ。お前の顔見たら吐きそうなのはただ、俺から遠ざけるための理由に過ぎない」


「隠してる、気持ち?」


 何よそれ。そんなの知らない。


「でも、その気持ちをお前に告げない。絶対にだ」


「そう」


 私は分かった。


 私と貴方はきっと、同じ気持ちだってことを。


 でも、私も言わない。


「アメリカに行って、他の女と絡む俺に縛られずに生きてほしい。だから引っ越しのことは告げないつもりだった」


「そうなんだ」


 ちゃんと理由はあったんだ。


 それだけ知れればもう、十分だ。


「ありがと。それだけ聞ければ十分だよ」


 私は顎を掴んでいる手を離させた。


「手紙、読んだ?」


「まだ」


「それじゃ、飛行機の中で読んで」


「は?」


「何か想うことがあってもそこじゃ何もできないでしょ。だから、あの手紙を読む場所は空の上が一番いいの」


「……分かった」


「手紙は読んだら捨ててくれていいから。内容だって覚えてくれてなくていいし、いちいち日本に帰ってくる連絡も不要」


「ああ」


「彼女ができた報告は絶対にしないで。近況報告もいらない」


 これからの坂上に。


「もし、結婚するって時は手紙出してくれるだけでいいよ。式には行かないや」


 私は関われない。


「私が結婚する時も招待しないよ」


 だから……。


「言いたいことはそれで終わりか?」


 私は言います。



「いってらっしゃい。帰ってくんなよ!!!」


 アメリカで幸せに生活してください。


 アメリカで彼女作って。結婚して。


 もう一生、日本に帰ってくんな!!


「私が言いたいことはそれだけ。それじゃ」


 私は坂上に背を向けて歩き出した。


「犬飼!! 俺からも一ついいか」


「いいよ」


「浩介と鶴貝先輩の見守り、よろしくな!!」


「っ。当たり前よ!」


 最後の最後まで人の恋愛ばかり。


 そんな大役、私にできるって思ってるわけ?


 自分でやれ!! なんて。言えないよ。


「ぅ……」


 視界がぼやける。


 振り向かないよ。振り向きたいけど私は振り向かない。


 前だけ向いて、歩くの。


 それが、貴方の好いた犬飼皐月だから。


「さようなら」


 貴方と貴方への想いに別れを告げた。






「渡せたか」


「うん。最後に少しだけ会えたよ」


「そっか」


「坂上に上川と鶴貝さんを見守れって言われた」


「は!?」


「おせっかいな奴だよね。絶対上手くいくって誰でも分かるでしょ」


「坂上くんも凄い言葉残して行ったわね」


 今頃、アイツは空の上だろう。


「今頃手紙読んでるだろうなー」


「まだ読んでないって言ってたのか?」


「飛行機の中で読んでって私が頼んだ」


「どうして?」


「飛行機っていうか、空の上じゃ会いたくても、声聞きたくても無理でしょ? だからです」


「なるほどね」


「私、坂上よりいい男探します」


「いいと思うぞ!」


「うん。幸せになって、後悔させてやるの」


 貴方が私を選ばなかった後悔を。


「恋愛解禁祝いだな!!」


「そうね」


「ありがとうございます」



―――カチン。


 グラスが合わさる音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る