第1610話 リハビリ

 一通り敷地を確認をした。


「なんでこんなに広いだ?」


 伯爵だからって広すぎんだろう。ちょっとした野球場が十個は造れんじゃね? まあ、ほとんどが森だけどよ。


「訓練場として使ってました」


 あーなるほど。ここで裏で働く者を育成してたわけか。ここなら外から探られるリスクも少ねーな。


「黒狼はどうしたい?」


 かなりの数を飼っていると思うのだがな?


「山に還しました」


 人が飼い慣らした狼が自然に還れるものなのか? 


「そうか。生きて子をなせるとイイな」


 人に使われることが幸せか、それとも生存競争が激しい山で生きることが幸せか。それは誰にも答えられねーが、生き物なら子を残すことが種の命題だ。残せたら勝利だろうよ。


 ……オレは今生でも子を残せないかもな……。


 まあ、オレが残さなくてもサプルやトータがいる。双子も産まれた。うちの血筋は次に残されんだろうさ。


「あんたは嫁や子はいんのかい?」


 名前、なんだっけ?


「アルティスさんですよ」


 そ、そうでしたね。うっかりうっかりうっかりハチベー。


「……わたしにはおりません。王を見張る役目として育てられましたから」


「クソつまんねー人生だな」


 他人の人生どうこう言うつもりはねーが、こいつにはちゃんと言ってやらねーとわかんねーはずだ。それだけを信じて生きてるヤツは全否定してやんねーと周りも自分も見えねーからな。


「…………」


「反論もなし。怒りもなし、か。もう洗脳だな」


 いや、洗脳していたのだろう。まったく酷いもんだぜ。


「……わたしは、一族の繁栄のために生きてきました……」


「じゃあ、それをぶっ壊したオレが憎いかい?」


「……わかりません……」


 ほんと、洗脳は厄介だぜ。まだどこぞの宗教に金を貢いだヤツのほうが救いようがある。幸せだと勘違いできてんだからな。


「これからどうしたい?」


「……わかりません……」


 もう自分で考えることができなくなっているってことか。まあ、この歳まで自分で考えるってことしてこなかったんだから無理ねーか。


 無限鞄から収納鞄と銀貨を百枚くらい詰めた革袋を出してアル、アルフォードじゃなくて──。


「──アルティスさんです」


 そう! アルティスに渡した。


「……なんでしょうか、これは……?」


 その問いには答えず、アルティスの腕をつかんで転移バッチを発動。アーベリアン王国のとある町に転移した。


「何日かかってもイイ。寄り道してもイイ。なんなら気に入った場所で何年か暮らしてもイイ。ボブラ村まで来な。そのとき、これからどうしたいかを聞かせてくれ」


 アルティスを残し、転移バッチを発動して別荘に戻った。


「なぜ、あんなことしたんです?」


「生きる意味を知らねーようだったからな、自分探しの旅に出させたまでさ」


 人の中ではかなり強い分類に入る。頭も悪そうではなかった。なら、金を渡せばそれなりに立ち回れるはずだ。


「誰の指示もなく、己で判断して決めなくちゃならねー。そうやって少しずつ洗脳を解いていくしかねー」


 オレはカウンセラーじゃねーが、人は環境が作る。そして、環境に慣れてもいく。なら、環境の違うところに放り出したらイイだけだ。


「なにもできず死んじゃうこともあるのでは?」


「それならそれで幸せだろうさ。自分を知ってから死ぬのは辛いからな」


 オレは自分を見失っていたから死ぬ恐怖はなかった。素直に死を受け入れられた。あぁ、やっと終われると喜んだくらいさ。


「アルティスはまだ四十半ばくらい。まだまだやり直せる年齢さ」


 まあ、四十半ばで死を受け入れたオレが言っても説得力はねーがな。


「さて。次は雪を退かしたら木を抜いて平らにすっぞ」


 オレ一人だと何日かかるかわかんねーが、生きる楽しさを知った今生ではなんら苦ではねー。やる気満々オロナミンシーよ!


「ファイトー! いっぱぁーつ!」


 さあ、突っ込みどんとこいだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る