第1485話 料理長
ねーちゃんが案内したところはなんか高級店っぽいところだった。
「こんな店あったんだな」
大きな港町だからあっても不思議じゃねーが、あることすら気にもしなかった。老舗ってのはどこにでもあるんだな。
「商人の会合に使っている店だからなにかと融通してもらえるのさ」
「ただ釜戸を借りたいだけなんだがな」
つーか、そんな店の釜戸を借りられんのか? 頑固な一流シェフが厨房を仕切ってるイメージなんだが?
「ここの料理長は隊商に混ざってサプルの料理を食べた者だ。べーの顔も知っている。頼めば快く許可してくれるよ」
こんな立派な店の料理長が隊商に混ざって、ね。どんだけ行動力があんだよ?
店に入ると、いきなり店内ではなく十畳くらいのホールで、品のよさそうな四十前後の女がいた。
「いらっしゃいませ、ザーネル様。今のお時間にいらっしゃるなど珍しいですね」
なにやら親しそう。ここの女将さんか?
「ああ。ちょっと厨房を借りたい。ミドスに自称村人が来たと伝えてくれ」
自称ではなく正真正銘の村人なんですが。
「まあ、あの……」
と、奇異な目を向けられた。
「奇異なことばかりしてますからね」
奇々怪々な幽霊に言われてもな。ってか、オレが奇異なことしてるんじゃないもん。
「そう。あの村人だ。また変なことを望んでいるから外に漏れないここに連れてきたんだよ」
ただ飯を炊くだけなのになぜ隔離されなきゃならんのよ?
こちらですと女将さん的な女に案内され、個室へと通され、すぐに高級なルク茶が出てきた。
「高級店はまどろっこしいな」
いや、この世界での高級店に入ったのはこれが初めてだが、品格やなんやらで牛丼屋のようにはいかんようだ。
「そう言わないでくれ。これでもうるさくない店なんでな」
「まあ、礼儀作法とかうるさくなさそうなのは確かだな」
オレを知ってそうだが、客に不快な態度は微塵も見せねー。店の方針ってよりオーナーの意向って感じだ。
ルク茶を飲んでいると、白い料理服を着た四十半ばの男がやって来た。
「あ、あんた、サプルの店に一日中いたな」
見にいく度に料理を食ってた男だ。どんだけ食い意地がはってんだって、記憶に刻まれてるよ。
「お久しぶりです。妹殿にはお世話になりました」
「名前はすぐ忘れるクセに顔を覚えるのは得意なんだからな」
「フッ。まーな」
「ドヤ顔で威張られることじゃないだろう」
まあ、そうだね。失礼しやした。
「すまないがミドス。べーに釜戸を一つ貸してくれないか? メシとやらを作りたいそうだ」
「メシ、ですか?」
「東の大陸の穀物だな。漬物によく合う」
「漬物にですか。わかりました。客も少ないので問題ありません。お好きにお使いください」
ってことで厨房へ。入る前にみっちょんやダリムに結界を纏わせた。
「なに今の?」
結界に気がついたみっちょんが尋ねてきた。
「厨房に入るときは清潔に。埃を持ち込むなど言語道断だ」
外でなら気にもしないが、厨房に入るなら清潔に。汚れたままなど入ったらサプルにどやされる。
「そう言えば、館の厨房に入ろうとしたらサプルに止められたっけ」
「厨房はサプルの領域だからな。汚れたまま入ろうものなら食事抜きにされるから気をつけろよ」
オレなんか一生出入り禁止にされたんだから。
「覚えておくわ。あの子、ちょっと怖いから」
そうしろ。あいつは竜ですら倒すからな。
料理長さんに案内され、釜戸を一つ借りた。
無限鞄から土鍋を出し、カイナーズホームで買った無洗米を適当に入れて水を投入。始めちょろちょろ中ばっぱ赤子泣いても蓋取るなでハイ完成。旨そうなご飯が炊けました~。イェーイ!
「匙となんかテキトーな皿を」
米や土鍋は買ったけど、しゃもじや茶碗まで買ってなかったわ。
匙をもらい皿に飯を盛り、先ほど買った漬物を出してホカホカな飯の上に盛った。
パン派なオレだが、日本人だった記憶と味覚が目覚めてきた。
人数分を盛ってやり、匙で漬物と飯をかっ込んだ。やっぱウメー!
「飯とは美味いものだな」
「はい。味がないようで旨味がある。漬物との相性も抜群です」
そんなご託はイイんだよ。旨いものは黙って食いやがれってんだ。
「うん。美味しいわ」
「そうね。悪くないんじゃないかしら」
メルヘンも魔女も漬物と飯の相性のよさを理解できたようだ。
「今度、サプルに塩むすび作ってもらうか」
外で食う塩むすびはきっと旨いだろうよ。
久しぶりの味に食欲が増し、お代わりを盛って漬物マシマシでいただいた。
「べー殿。残りも炊いていいですか?」
「そりゃ構わんが、土鍋なんてあんのか?」
個人用に一つ買っただけだからオレは持ってねーぞ。
「あります。ボブラ村で海鮮鍋をいただいてから職人に作らせましたから」
あーサプルの店では出してねーが、おばちゃんたちが海鮮鍋作ってたっけな。
「水の配分は決まりがあるんですか?」
「この土鍋で手首がつかるくらいだな。あとは火加減で旨くも不味くもなる。まあ、三袋くらいやるから試してみな」
五キロの米を料理長にくれてやった。
「これは東の大陸で手に入るものなのかい?」
「そうじゃねーか? これは特別なもんだから手に入れるのは大変だと思うがな」
「だからアブリクト貿易連盟か」
なんか勘違いしてるようだが、わざわざ訂正してやる義務もねー。欲しけりゃ独自で手に入れろ、だ。
「べー、お代わり」
「わたしも」
メルヘンと魔女にお代わりを盛ってやり、土鍋を空にするまで堪能した。あー旨かった。ご馳走さまでした。ゲフ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます