第1456話 雲天力(うんてんりょく)

 少し、寝坊してしまった。


 疲れたあとにラーシュとの会話で興奮したが、ホッとして熟睡したんだろうな。


「おはよう。ぐっすりだったわね」


 ベッドから起き上がると、みっちょんが筋斗雲に乗っていた。


「あ、ああ。てか、なにその雲?」


「ターティードゥよ。わたしのくもくもの力よ」


「よし。これからは雲天力うんてんりょくと呼ぼうな。オレとの約束だ」


 なんなら世界との約束でもイイ。くもくもの力はアウトだ。


「雲天力? まあ、べーがそういうなら構わないよ」


 これと言って拘りはないようだ。


「その力はなにができるんだ?」


 筋斗雲ごっこはとても魅力的だが。


「雨を降らせたり雷を降らせたり雪を降らせたり風を吹かせたり、こうして乗れたりするわね」


「天候を操る者かな?」


「そんなことできないわよ。わたしの力は弱いからこの部屋くらいまでが精一杯ね」


 プリッつあんほどデタラメじゃないようだ。つーか、変な能力持ってんな。なんのために授かったんだ?


「それ、オレも乗れたりするのか?」


「無理ね。これはわたしだけしか乗れないわ」


 それは残念。筋斗雲ごっこしたかった。


「ベー様も似たようなものに乗ってるじゃないですか」


「違うんだよ。似て非なるものなんだよ」


 板じゃなく雲だからイイんだよ。わかれよ!


「いや、まったくわかりませんよ」


 クソ。このロマンを知らぬ幽霊め。


「まあ、乗れねーならしゃーねーか」


 みっちょんとは共存関係ではねーし、大した能力でもねーが、水不足になったら雨でも降らしてもらおう。


「風呂でも入ってくるか」


 この宿屋には大浴場があると言う。天然温泉ではなく沸かし湯で、朝から入れるとレニスの妹が言ってたっけ。


「わたしは散歩してくるわ」


 雲から飛び出し、窓から出ていってしまった。空を飛ぶのに散歩とはこれいかに?


 なんてどうでもいいってことを考えながら大浴場へと向かった。


 もう九時過ぎくらいなので大浴場は誰もおらず、貸切状態。体を洗って湯船へと入った。


「やっぱり広い風呂はイイもんだ」


 三十分くらい浸かってから上がり、脱衣場にある冷蔵庫からラムネをいただいた。


「久しぶりのラムネは旨いな」


 天井から吊るされた扇風機に当たりながらよく冷えたラムネを飲む。実に幸せな一時である。 


 汗が引くまでのんびりしてると、腹の虫が鳴き出した。


「腹減ったな」


 昨日、あれだけカレーを食ったのに、すっかり胃は空になっているぜ。


「昨日のカレーでうどんが食いてーな」


 蕎麦屋のカレーうどん、とまではいかなくてもうどんにカレーをかけたものでもイイかもな。


 なんてことを考えながら食堂に向かうと、こちらも誰も──いや、そばかすさんが赤いスープと緑のスープを飲んでいた。それ、飲んでも大丈夫なヤツだよな?


「おはよーさん。そばかすさんだけか?」


 いや、ついてきたのはそばかすさんだけだったが、他の魔女がいないのも不思議なものだ。


「いや、べー様がいろいろ押しつけましたよね?」


 そんな記憶はあったりなかったり。強制はしてねーんだからオレの責任ではないはずだ。


「……拒否できないような状況を作り出して押しつけてるんだからほぼ強制でしょう……」


 そんなことをしたりしなかったり。どうだったかな~?


「うん。わたしだけ。他は忙しいからね」


「そばかすさんは忙しくねーのかい?」


 あなたも報告を書いたりするんじゃねーの?


「やれるときにやってるからね。忙しくはないよ」


 この魔女、器用なだけじゃなく要領もイイんだな。


「なに、その赤いのと緑のは?」


「珍しくて美味しいものをって頼んだらこれが出たの。赤いのがキネーで緑のがタネーって言うんだって」


 赤い狐と緑の狸的なものか?


「赤いのはちょっと辛いけど、深い味がするわ。緑のタネーはあっさり味だね。寝起きや食欲がないときにいいかも」


 どちらも美味しそうに飲むグルメ魔女。食の探求者だな。


 厨房のカウンターにいくと、八人のおばちゃんたちが料理を作っていた。


「おねーさん。カレーうどんってある?」


「あるよ」


 あるんかい! スゲーな!


「辛いのと辛くないの、どっちだい?」


「辛くないので」


「あいよ。少し待ってな」


 と言うので席に戻って待つことにした。


「そばかすさんは、それだけで足りんのかい?」


「朝からいろいろ食べてるから食休みだね」


「たくさん食えて羨ましいこった」


 オレは少食だからあれもこれもと食えんのよね。


「さすがに八品も食べるとお腹が苦しいけどね」


 その割りには美味しそうに飲んでるよな。胃をいくつも持ってるのか?


「カレーうどん、お待ち!」


 早いな! 二分も過ぎてねーぞ。


 カウンターにもらいにいき、お盆に載ったカレーうどんを席へと運んだ。


「へー。美味しそうだね」


 君、本当にお腹苦しいの? なにも食べてないくらい瞳が輝いてるよ。


「そうだな。あの短時間で作ったとは思えねーくらい綺麗に盛られてんな」


 見たこともない葉っぱが盛られ、紅白のカマボコっぽいものが乗っているし、マカロニサラダと煮豆の小鉢が二つついていた。


「いただきます」


 いざ、実食!

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