第1455話 まだ見ぬ友
その日は、ハンターギルドがやっている宿屋に泊めさせてもらった。
「外泊してばっかりだな」
「今さらでしょう」
ハイ、今さらですね。今さらすぎて村人としての誇りを失いそうだぜ。
宿屋の部屋はなぜか和室。畳が敷かれ、掘炬燵があり、お茶やポット、饅頭やミカンなどが用意されていた。
「ほうじ茶か。チョイスが憎いな」
「あ、わたしもお茶ちょうだい」
「あいよ」
茶櫃から茶碗を出して、ポットからほうじ茶を注いだ。
「饅頭も食うか?」
みっちょんもたくさんカレーを食ったが、メルヘンの胃はブラックホール。満腹した様子もない。なので一応、尋ねてみた。
「うん、食べる」
自分で籠から饅頭を取り、包みを剥いでパクついた。
「あら美味しい。お土産に欲しいわね」
まだ腹一杯だったが、みっちょんの食べっぷりに食いたくなり、一ついただいた。
「お、確かに旨いな、これ」
茶色い皮は薄く、あんこはそれほど甘くない。ほうじ茶とよくあった饅頭であった。
ホッとした時間を過ごしていると、備えつけの電話が鳴り出した。いや、電話って……。
この部屋の雰囲気にあった黒電話だが、世界感が台無しである。
電話を取ると、相手は知らない女だった。
「べー様。お風呂が十時までなので、入る場合はお早めにお入りください」
「あいよ。ありがとさん」
礼を言って受話器を置いた。
「風呂か。どーすっかな~?」
なんて考えたらテーブルの上に連結結界陣(十五インチくらいの大きさね)が展開された。
「なんなの?」
「念のためルククにつけていた連結結界陣だ」
二、三年か前に試してつけたもので、ルククが親愛の行為(噛みつく)をしたら発動するようにしていたものだ。
「もしかして、ラーシュか?」
連結結界陣は声を伝えるもの。ラーシュと話せたらイイな~って考えたものだ。
「え? あ、ああ。もしかして、べーかい?」
初めて聞くラーシュの声。十七歳にしては幼い感じがする声だった。
「ああ、べーだよ。まさかご対面する前に声を聞こうとはな」
本当ならご対面してたのに、勇者ちゃんやセーサランで会えず仕舞いだったよ。
「本当だね。今回はルククだけだったからどうしたのかと思ったよ」
あ、荷物は勇者ちゃんに預けてたんだった。
「いや、本当なら代理人をいかせるはずだったんだが、グランドバルで問題が起きてな、ラーシュのところまで辿り着けなかったよ」
「グランドバル? サイルアン党が治めている地のグランドバルかい?」
さすが皇国の王子さま。ちゃんと自分らが治める地のことは知っているようだ。
「ああ。オレもそこまではいったんだが、オカンが再婚して子どもが産まれたもんで引き返したんだよ」
「なにがなんだかさっぱりだけど、グランドバルでなにかあったのかい? 最近、そちらからの連絡が途絶えたと聞いているが?」
「金目蜘蛛が大量発生してな、山脈の向こう側への道は崩壊して、グランドバル州は壊滅に近い。今はモーダルって男が州都で籠城戦をしてるよ」
そう教えると、しばらく返事がなかった。
まあ、竜王に続き金目蜘蛛まで現れてんだから心を整理するには時間が必要だろうて。
「……じょ、状況は?」
「一進一退。現状維持。指揮をしているモーダル次第、だな」
モーダルを英雄にするための時間稼ぎ、って感じです、とは言えない。それがラーシュでもな。
「モーダルと言う者はわからないが、べーが力を貸すだけの者なのか?」
「そうだな。イイ男だったよ」
オレのためになってくれる最高にして最適の男である。
「そうか。なら、まだ時間はあると言うことだな」
気持ちや思考が王子に切り替わったようだ。
「いくんなら大軍を連れていくことをお勧めするよ。生半可な数では返り討ちになるだけだからな」
カイナーズが数を調整しててくれると思うが、剣や槍の軍隊で金目蜘蛛の軍団を相手するのは大変だろうよ。
「厄介か?」
「攻撃手段によるな。小山ほどのデカいのもいるし」
「そうか。将軍たちと話し合って決めるよ」
「そうするとイイ。あ、ラーシュもいくならそこで荷物を受け取ってくれ。会えばわかるから」
「ああ、そうするよ。すまないが、今回はなにも送れない。許してくれ」
「構わないよ。こちらが落ち着いたら会いにいくからさ」
「ふふ。その日を楽しみにしているよ」
「オレもそのときを楽しみにしてるよ。まだ見ぬ友よ」
連結結界陣を改良すればラーシュの姿も見れることは可能だが、それじゃ味気ねー。会うなら面と向かって会いたいぜ。
「ああ。わたしもだ。まだ見ぬ友よ」
そこで連結結界陣を解除した。
「早くラーシュに会いてーな」
まあ、オレの出会い運ならそう遠い日ではねーだろう。そのときを楽しみに今を生きるとしよう。
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