第1369話 出産間近だった

 どこにでも目端が利く者や状況を冷静に判断できる者はいて、すぐさま買い出しに走る者はいるものだ。


 それは街でも村でも関係ねー。危機管理能力を持つ者が生き残るんだからな。


 この世界に生まれ、育った経験から真っ先に動くのは主婦だ。危機管理能力以上の特殊能力があるんじゃないかってくらい動きが速いのだ。


 ……ごーいんぐまいうぇ~いなオカンでも大暴走のときは人が変わったように迅速だったものだ……。*書籍六巻の番外編を読んでね*


 一人のおば──オネーサマがオレの店に気がつくと、蒸着変身する速く「イモを買えるだけちょうだい!」と突入して来たよ。


 それが呼び水となり、次から次へとオネーサマ方が突入して来て、さすがに一人では捌き切れなくなり獣人のガキどもにも手伝いさせた。いたの!? って突っ込みはノーサンキューだぜ。


 午前の十一時くらいから始まり夕方になっても客足が止まらない。それどころか結界で整理しなくちゃ暴動になりそうな感じである。


 ……商品が尽きないことにも気がついてないしな……。


「残り僅かだよ!」


 さすがに陽が沈んでも客が引けないのは不味いと思い、品切とすることにした。


「ふざけんな! こっちは長いこと並んでんだぞ!」


「うるせー! 売るものがねーんだからしょうがねーだろう! 明日の昼には仲間が荷物を持って来る! 売るのはそれからだ!」


 不満を叫ぶ野郎に負けず大声で返してやる。気が立っている連中に冷静さを求めるだけ無駄。こちらも切れ気味に言ってやらんと収まるものも収まらねーのだ。


「売り切れだ! 明日きやがれ!」


 しっしと追い払うが、それで帰るほど平和な状況ではねー。明日まで並ぶつもりなのか、座り込んでしまった。


 ……世界は違えど命がかかると覚悟がバンパなくなるよな、人ってのは……。


 並ぶことにこちらがどうこう言う資格はねーので、オレたちは構わず夕食の準備をし始める。顰蹙を買いたくないから結界で見えないように覆うけど。


「お前ら、しっかり食って明日も頼むぞ」


 意外と、とは言っては失礼だが、獣人は接客が上手かったりする。ガキどもも客の気迫にも負けず、平然と接客していた。種族特性なのかね?


「わかった!」


 もりもり食べるガキども。なんか子犬ががっついてる感じでほっこりするよな。


「ってか、勇者ちゃん、帰って来ねーな?」


「迷ってんじゃねーのか?」


 結構広い町だ。どこかに迷い込んでんじゃねーのかね。


「メシ食ったら探してくる。まだ見てないところがあるからな」


 そう言ってハンバーガーを食い、結界の外へと出ていってしまった。過保護なやっちゃ。


「ララちゃんは眠っておけよ」


 魔力が高いとは言え、連日放ってたら肉体にも影響を及ぼす。食事もいつもより減ってる感じだ。


「……こんな状況で眠れるかよ……」


「それでも眠れ。そんな繊細な性格でもねーんだからな」


 君、結構神経図太いからね。そして、ぐっすり眠ってるからね。


 眠れない詐欺に構ってらんないので、オレは転移バッチを使って町の外に出ると、すぐに誰かが近寄って来る気配を感じた。


「……ミタさんか……」


 現れたのはミタさんといつもの三人組メイドだった。


「申し訳ございません」


「イイよ。なんかあったんだろう?」


 さすがに魔族を連れて来るわけにはいかないし、メイドがいたら勇者ちゃんの修業にならん。ミタさんなら言わなくても理解してくれるから黙って置いてきた。それが来たと言うことはなんかあったんだろうよ。


「奥様とレニス様が出産に近づいております。おそらく一月以内には産まれるかと思います」


 あーそう言えば、オカンとレニス、妊娠してたっけ。すっかり忘れてたわ。


「戻られますか?」


「う~ん。一月以内か~」


 いつ産まれるかわからねー状況なら帰りたいが、ここをほっといて帰るわけにもいかん。どうしたもんかな~?


「──べー様」


 と、アヤネが忽然と現れた。びっくりはしねーが、前兆を示してくれると助かります。


「クフフ。わたしでよければべー様の代わりをしますよ。カイナーズと連携すればべー様が戻って来るまで一月でも二月でも現状維持に勤めます」


「それはありがたいが、エリナはイイのか?」


 あんな腐れ、何百年と放置させてても構わんが、アヤネはエリナの配下だ。オレが勝手にしてイイことはねー。


「お姉様からの許可は得ていますし、テレポートを使えば一瞬で帰れます。べー様がご不快でなければわたしにお任せください。クフ」


 そう言われたらなんも言えねーな。茶猫やララちゃんと面識もあるしな~。


「わかった。頼むよ」


「クフフ。任されましたわ」


 なんかデカい借りを作っちまったな。アヤネはそんなこと欠片も思ってねーだろうけどよ。


「三日ぐらいしたら帰るよ。猫やララちゃんと話し合っておきたいしな」


 アヤネに任せれば問題なかろうが、なにか問題を起こすのが茶猫とララちゃんだ。


「どの口が言ってるんだか」


 この可愛らしいお口ですが、なにか?


「畏まりました。お帰りをお待ちしております」


 ミタさんたちが転移バッチで転移していき、オレも広場へと戻った。

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