第1365話 戦術
町に移って二日。金目蜘蛛が二百ばかり襲って来た。
「少ないな?」
「威力偵察じゃろうな」
鬱屈した勇者ちゃんを発散させるために一人でいかせ、高みの見物をしてたらモーダルが不思議そうに呟いたので答えてやった。
「蟲がか?」
「今、襲って来てるのは蟲じゃ。じゃが、それを操っている大元には少なからず知能はあるはずじゃよ」
ただ、見ている限り、そう知能は高いとは思えねー。知能より本能が勝っている感じだしな。
「なにを隠している?」
「別に隠してはおらん。確証がないだけじゃ」
これはオレの勘。状況を見ての考えでしかねー。
「それでもいいから教えろ」
「山脈の向こうでは天の彼方から凶悪な化け物が落ちて来た。それが偶然か意図的かはわからんが、その化け物はこの世界を支配しようとしているのは確実じゃ」
それは人魚が逃げて来たことで確実だし、行動から見ても確実だ。
「厄介なのか?」
「あそこで戦っている勇者が負け、わしも抑えるのがやっとじゃったよ」
「化け物だな」
「そんな化け物を倒したのが帝国の魔女じゃ」
「……化け物か……?」
「否定はせんが、技を極めた結果じゃろうな」
初代が使っていたとは言え、それを受け継ぎ、極めたのは叡知の魔女さんの努力だろう。そのせいで人の外に出ちゃったのはご愛敬だろうけど。
「金目蜘蛛もそうだと?」
「なにかしらの影響を受けているとわしは見る」
自然発生であそこまでなるなんて不自然すぎる。なにかしらの影響があったと見たほうが納得できるわ。
「……危険ではないか……?」
「危険じゃろうな。じゃが、まだ戦況は操れるよ。この世界で最強の軍団が間引きしとるからな」
音はしないが、カイナーズなら静かに金目蜘蛛を葬れるだろうよ。
「……お前は、世界でも征服しようとしているのか……?」
「そんな面倒なことせんよ。まあ、お前さんがしたいと言うなら手伝ってやってもよいぞ」
「全力で断る。お前の傀儡などゴメンだわ」
悲しいかな。世界を征服したいと言うヤツとは出会えてない。出会えたら全力で世界の王にしてやるのによ。
「終わったよ~!」
火の玉だけですべてを片付けた勇者ちゃん。ララちゃんに感化されたんだろうか?
「ご苦労さん」
と、チョコレートを渡した。
「わーい!」
芸ができたらエサをやるような感じだが、勇者ちゃんを教育するにはこれが一番なのだからしょうがない。もうちょっと育ったらカイナにでも任せよう。今はなんとかできてるが、これ以上強くなったらオレの手には負えんからな。
「金目蜘蛛の大群がきます!」
「数がおると惜しみないの」
「次、我らが出るぞ!」
そう叫び、部下を連れて出ていった。
次も二百匹くらいの団体で、これも威力偵察とこちらを消耗させる狙いだろうな。
五時間置きに二百匹単位で金目蜘蛛が襲って来る。
「戦力の逐次投入は愚の骨頂じゃが、相手が大軍なら立派な戦術じゃの」
威力偵察からこちらを消耗させる作戦に切り替えて来た。
「ああ。おそらく、間隔が狭まってくるだろうな」
モーダルも金目蜘蛛の動きがわかってきたようで、知能がある敵として状況を考えているようだ。
「そちらの状態は?」
「疲労が溜まってきているな。そちらは?」
「問題はない」
ララちゃんは未だに起きないがな。
「町の様子は?」
「不安が募り始めているな。こちらの事情など構わず問い質しに来ているよ」
辟易とばかりにため息をつくモーダル。さすがに堪えるようだ。
「猫。町に金目蜘蛛の大軍が町を囲もうとしてると広めてくれ」
「暴動にならないか?」
「その辺はアヤネがなんとかしてくれておる」
アヤネに目を向けると、口角を上げて笑った。
「クフ。もう二日は大丈夫かと思います」
「逃げ出した者はおるか?」
「五組ほどいました」
「どこにでも決断の早い者はいるものじゃ」
目に見えてわかってきたらいっきに崩れるだろうな。
「では、明日はこちらから仕掛けるとするか。あちらが気づいてくれるようにのぉ」
勇者ちゃんにガンバってもらおう。こちらが逃げる算段をしてると理解してもらえるように、な。
「町を破壊しないように頼むぞ」
「今度はわしが出るから安心せい。魔術師の妙を見せてやろう」
まあ、使うのは土魔法だが、知識のない者にはわからんさ。
「金目蜘蛛、現れました!」
昨日までは陽が沈んだら攻撃してこなかったのに、ラストスパートな感じで夜も攻め始めたようだ。
「わしが出よう」
二時間前に戦ったばかりの兵士には酷だろうし、勇者ちゃんは寝る時間。昼寝したオレが出るとしようかね。
「そろそろ二方向からの攻撃になるだろうから油断するでないぞ」
これまでは一方向から襲って来たが、こちらが疲れていることは見抜いているはずだし、偵察でこちらの戦力もわかったはずだ。
なら、二方向から攻撃してくるのは自明の理。戦いの素人たるオレでもやるぜ。
「いろは。こっそりとフォローしてくれ」
何度でも言おう。姿は見えないが、オレの側にはドレミといろはがいるんだよ、こん畜生が。
「なぜ切れ気味に言うんですか?」
なんとなくだよ!
「イエス、マイロード」
白猫型のいろはが何十匹と出現して闇へと消えていった。
「……もうお前が世界を征服しろよ……」
嫌だよ。オレはメンドクセーことは他に任せる男なんだからよ。
モーダルの戯れ言を鼻で笑い飛ばし、金目蜘蛛の殲滅に向かった。
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