第1216話 乾杯

「湖の中はそんなに酷いのかい?」


 どう切り出してイイのか悩んでる二人に代わり、オレのほうから切り出してやった。


「……酷い。ベーたちが来なければ争いになっていただろう」


 飢饉による戦い、か。想像するだけで惨たらしいもんだな。


「地上も地上で大変だが、水の中も想像以上に大変だ」


 こんな言葉では慰めにもならんだろうが、理解してやることから種族間交流は始まる。仲良くしたいならよく話を聞け、だぜ。


「あの亀──カガボランがいなくなれば飢饉は改善するのかい?」


 ちょっと絶滅危惧種になっちゃいそうな勢いで狩られてるが、繁殖させてもらえば問題なかろう。雑食だし、適当に残飯やっとけば育つやろ。


 ……やるのは人魚さんたち。試行錯誤して増やしてくださいませ……。


「いや、無理だ。食べるものがなく、モンゲベベレも減り、これ以上狩れば我らに明日はないだろう」


 あ、モンゲベベレザウルスを食うんだ。淡水人魚はあんなデカいものを狩るとかおっかねー種族だよ。


「農業、と言ってわかるかい?」


「ああ。バルバラット族から人がやっていると聞いている」


「人魚の間では農業、あんたらが食えるものは育てねーのかい?」


 海でやってるそうだ。と言っても地上のように畑を耕す、と言うことではなく、崖などに付着させて勝手に生らすとかみたいだけどな。


「農業はしていない。我々はバルバラット族と魚を交換して野菜を得ている」


 トカゲさんたち、魚食うんだ。意外と雑食?


「湖の中は食えるものは少なさそうだな」


 この時代、食料が豊富なわけではねー。まあ、説得力ねーと言われそうだが、世間一般に少なく質素だ。地上でそうならこんな狭い湖の生態系では片手でも余るだろうよ。


「……ああ。生きるのに厳しいところだ……」


 リアルファンタジーに住む人魚は夢も希望もねーよな。キッツいだけだわ。


「血が流れてそうだな」


「…………」


 飢えは人を狂わせる。オレも三つの能力がなければどうなってたか。愚かなんて口が裂けても言えねーわ。


「家長さん。生きるか死ぬかのこの状況。あんたはどうしたい?」


 どうする? ではない。どうしたいかを答えな。答えによっちゃ手を貸さないまでもねーぜ。


 オレの言った真意を見抜くように見詰めて来る家長さんに、オレも本心を語れと言った気持ちで見詰め返した。


 家長がどれほどの立場かわからんが、艱難辛苦を乗り越えて来たことが目や顔に出ている。それだけで大変だってのがよくわかるぜ。


「……仲間を助けたい。どうか力を貸して欲しい」


 頭を下げる家長さん。潔いこと。


「オレは自ら動かない者を助けるほどお人好しじゃねーぜ」


 背後からなにか圧? みたいなものを感じるが、気のせいとして流しておこう。気にしたら負けな気がするから。


「動く。だからどうか我々を助けて欲しい」


「二言はねーか?」


 あっても言わせたりしねーけどな。あんたらはオレが幸せになるために利用させてもらうんだからよ。


「ない」


 ハイ、言質いただきました~。


「わかった。万事、オレに任せな。あんたらに希望を与えてやるよ」


 フフ。ここの淡水人魚をこちら側に引き込めたのは僥倖だ。いや、引き込もうと動いてはいたが、なるべくこちらに有利に引き込もうと考えていた。


 下っぱをいくら抱え込もうと、上に反発されたら面倒なだけ。下手したら反対勢力になりかねない。それがあちらから来てくれたんだから感謝しかねーぜ。


「と言っても、オレはあんたらのことをなんも知らねー。環境が違えば考え方も変わって来る。幸せの形も変わって来る。それはそちらも同じだ。あんたらから見たらオレらは謎の存在でしかねーだろう?」


「あ、ああ……」


「それが当たり前。同族同士でもわかり合えるなんてなかなかねーんだから種が違えばさらにわかり合えるなんて困難だ。だが、こうして向かい合ってるんだから不可能ってわけじゃねー」


 要は向かい合う覚悟があるかどうかだ。


「オレらはよき出会いをした。なら、これからもよき付き合いをしようじゃねーか」


 カップを掲げると、すぐに家長さんがカップを掲げて応えた。


「ああ。よき付き合いをしようではないか」


 今後のよき付き合いを祝して乾杯をした。

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