第1168話 お疲れさまでした
寝る間を惜しんでエルクルクを続けて丸一日。もう限界です。
「……無理……」
死屍累々な魔女さんたちに混ざり死んだように眠りへと旅立った。
で、起きたらまた限界までエルクルク作り。そして、また限界が来て眠りにつく。
なんてブラック企業も真っ青な日々が過ぎ去り、前世で言うところの年末となった。
この世界、まあ、アーベリアン王国周辺では一年の始まりは春であり、年末年始などはない。それは帝国でも同じなようで薬作りをやめようとする気配はいなかった。
「魔女さん。魔女に休みってないの?」
オレの助手だか補佐だかでついてる無駄に色っぽい魔女さんに尋ねてみた。
……この魔女さん、オレが起きてるときは必ず起きてるけど、寝なくて平気な人(人外ではないようだが)なんだろうか……?
「ありますわよ。ただ今回は貴重な経験を積ませてもらっているので誰も休まないだけですわ」
その言葉に周りへと向けたら魔女さんたちが一斉に目を逸らした。うん。追求しちゃイヤンってことね。了解了解。
「回復薬作りの進みはどうだい?」
「ふふ。皆張り切っているのでたくさんできてますよ」
なんとも爽やかな顔でブラックなことを色っぽく言う魔女さん。あ、こいつヤベーやつだ。
周りの魔女さんからなんか黒いオーラがオレの心を汚しに来るが、我が身が大事と全力で払い除ける。魔女の就業改革はあなたたちでやってくださいませ。
「皆がガンバってるとこワリーが、オレ、そろそろ帰るわ」
そう宣言すると、場が静まり返った。なによ?
「なんとも急ね。どうしたの?」
「家庭の事情──いや、村の祭りかな? 冬の今の時期を一年の終わりにして、新しい年が来るのを祝うんだよ」
オトンが死んでから始めたもので、身内でやってたのがいつの間にか村中に広がり、なんか祭りになってしまったのだ。
「変わった風習があるのね」
「風習と言ってイイのかわからんが、参加せんとならんから帰るわ」
仕切るのは村長で準備は女衆だが、オレは実行委員長みたいな立場にいる。ここで参加しなかったら完全に忘れられるわ。
……とは言え、その立場を親父殿に譲らんとならんな……。
「すぐに戻って来るんですか?」
「たぶん、南の大陸にいくと思うから春くらいには来るかな? まあ、行き当たりばったりなんではっきりとは言えねーな」
ラーシュとはゆっくり話したいし、いろいろ見て周りもしたい。そうなったら二、三ヶ月はいると思う。たまには帰って来るけど。
「エルクルクはやるんで回復薬はもらうよ」
材料はそちら持ちだが、エルクルク作りを受け持ったのだから文句はあるまいて。
「お好きなだけお持ちください」
と言うので回復薬箱(結界術仕様ね)を出して詰めていく。
二時間ほど詰め方してると、大図書館の魔女さんがやって来た。なんかボロボロな姿で。生命の揺り籠に入ってたんか?
「帰るそうだな」
「はい。予定があるので」
キッパリと、一歩も退かない決意を込めて言った。
さあ、大図書館の魔女さん。どうする? オレを引き止める方法はないぜ。どんな邪魔をしようが力で排除するぜ。
「……五人、いや、十人をそちらで預かってくれぬか?」
預かる? どう言うこったい?
「お主の元で薬学を学ばせて欲しい」
「わたしは薬師としてまだ未熟。弟子をとるほど精通はしてません」
「たわけ! お主が精通してないのならほとんど薬師は無知だわ。数十種類の薬を煎じ、エルクルクを作れる時点で一流と言ってよい」
なんて怒られてしまった。
まあ、薬師と名乗っている時点でプロなのだから卑下するのは他の薬師を侮辱してるようなものか。こりゃ失礼。
「一流かはともかく、わたしに利益はありませんし、時間を割かれるのもお断りです」
薬師として後継者を持つことは大事だが、十一歳の身で弟子など持ちたくはねーよ。オレはまだ自由でいたいわ。
……オレ、典型的なダメ男みたいなこと言ってんな……。
「暇なときに教えてくれればよいし、薬を作らせててもよい。お主の見ているものを見せてやって欲しい」
大図書館の魔女さんがなにを目的にしているかは読める。
こちらの、いや、オレやオレの背後にあるものを探ろうとしているのだろう。
ヤオヨロズ国がバレることは、まあイイ。薄々は気がついているだろうからな。それを逆手に取る方法はあるし、利用する手もある。
だが、オレの自由を奪うことだけは許せねー。奪うなら大図書館の魔女だろうと帝国だろうと容赦はしねー。ぶっ潰してやる。
とは言え、大図書館の魔女さんの提案を捨てるのはもったいない。帝国の、いや、魔女の知識とコネを得られるまたとないチャンスなのだから。
オレよ、このチャンスを最大限に活かす方法を考えるのだ!
これまでにないくらい頭を使い、イイ方法、かどうかはわからないが、及第点ぐらいの方法は出てくれた。
「では、交換留学といきませんか?」
「交換留学、とは?」
最先端をいく帝国でもそう言う言葉はないんだ。
「こちらも十人出すんで、お互いの世界を見せましょう、ってことです。どう見せるかはそれぞれに任せる。ただし、お互いの名と名誉に誓って十人の身は守る。どうです?」
さすがに即答はできないようで、思考の海にダイブしたようだ。
その間にミタさんを探す……までもなく横にいました。いつの間に!?
ミタさんだけに見える結界ボードを創り、十人を選出するようお願いする。年齢は十代。男女不問。多少でイイので魔術を使える者。そして、帝国で学びたい者を。
ミタさんは了解とばかりに両瞼を閉じ、もう一人のメイドに囁く。
……知らん言葉だが、魔大陸の言葉かな……?
囁かれたメイドは静かに、気配を感じさせず立ち去った。
「……交換留学は了承する。ただ、明日まで待ってもらえるか?」
「構いませんよ。わたしもすぐに帰るわけじゃありませんから」
こちらもシュードゥ族に指示やらお玉さんに挨拶もあるし、考えを纏める時間も欲しいからな。
「では明日、夕方がイイですかね。わたしのところに来てください」
「了解した」
と、颯爽と去っていった。
「んじゃ、皆さん。お疲れさまでした」
オレも眠いので颯爽と帰らしてもらいます。
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