第1131話 シュードゥのターン

「……それは、ゼルフィング家で雇ってもらえると言うことだろうか?」


 すぐにウイスキーに手を伸ばすと思ったら、厳しい気配を出してオレを睨んで来た。


 うん? 不満ってことか?


「べー様。魔道具でしたらクルフ族も作れますし、人手が足りなければ増員できます」


 ミタさんがわざとらしく恭しく口にした。


 つまり、クルフ族との兼ね合いをどうしますかと言っているのだろう。三人を見れば厳しい気配が増していた。


 まったく、メンドクセーな、種族問題ってのは。繁栄したきゃ利のために感情を殺せってんだ。


 なんで村人が種族問題に苦心しなきゃならんのだ、と愚痴を言っても始まらないか。ならばそれを利用して自分の利となるよう考えろ、だ。


 コーヒーのお代わりをもらい頭を働かす。


「……新たに商会を設立させるか……」


 ゼルフィング家としてではなく、シュードゥ族に商会を設立させ、作った商品をゼルフィング家として買う。問題はシュードゥ族に商売をできるヤツがいるか、だな。


「シュードゥ族の中に商売に関心があるヤツはいるかい?」


 そう三人に尋ねてみる。


「……いないとは言えないが、親方相手にできるほどの者はいないだろう。我ら、いや、長年魔王の配下だった種は、弱い者の声はなかなか受け入れたりはしないからな……」


 気に入らなけりゃあ助けを求める相手の言葉すら受け入れねーんだから一筋縄ではいかんだろうな~。


「……カイナが放り投げるのもわかるわ……」


 こちらに投げられるのは迷惑千万ではあるが、オレもメンドクセーことを投げているのだからお互い様か。


「なら、まずは商売に関心あるヤツをゼルフィング商会に寄越せ。商会で鍛えるから」


 婦人、お願いしやす!


「魔道具職人は、こちらが指定した魔道具を大量に作れ。すべてゼルフィング商会が買う。だが、これだけは覚えておけ。シュードゥ族を支援できるのはオレが生きていられる間だけだってことをな」


 こっちは長命種ではなく短命種だ。付き合えるのは精々五十年だろう。衰えもするし、子や孫の世代になってもいる。いつまでも口を出すなんてできねーことだ。


「オレはオレのために生きている。イイ人生にするために面倒事も受け入れる。だが、死んだあとのことまでは知らん。繁栄しようが滅びようが勝手にしろだ」


 できることなら繁栄してもらい、穏やかな未来にしてもらいたいが、人の身では願うのが精一杯。次の世代に期待するしかねーのだ。


「……肝に命じておく……」


 それを下にどう継がせるかは老シュードゥ次第。ガンバれとしか言いようがねーな。


「話を戻して、だ。コンロの魔道具って何日で作れるもんなんだ? ってか、魔大陸って魔道具が普及してんのか?」


 常に戦いに明け暮れて生活に必要な魔道具って発展するものなのか? なんか原始的な生活をしてるイメージなんだが……。


「大魔王と呼ばれる賢魔王が支配する都市でなら普及している」


「大魔王? 賢魔王? そんなのいんの?」


 初耳なんだが。


「魔大陸は広い。カイナ様が支配する地などほんの僅かだ」


 そ、そうなんだ。魔大陸、オレが想像する以上にハンパねーとこなんだな……。


「魔王ちゃん、大丈夫かな?」


 何人か魔王を倒せとか言っちゃったけど、無茶して変なことになってないとイイんだがな。


 ……混ぜるな危険な二人だから心配だぜ……。


「まあ、なんとかするか、あの二人なら」


 暴虐さんもバカではねーし、魔王ちゃんも賢い。敵わない相手には引くくらいの考えはできるだろうさ。


「そんな魔王がいるならなんでそこにいかないんだ? 物作りに特化した種族なら優遇してくれんじゃねーのか?」


 インフラ整備とか必要だろうに。


「魔王の下では強いことがすべてなのだ……」


「うん。魔大陸が発展しない理由がわかったよ」


 そりゃあんな不毛の地となるわけだ。滅びないのが不思議なくらいだぜ。 


「まあ、未来を捨てたような魔王なんぞどうでもイイ。勝手に滅びろ。オレらは未来を得るためにガンバるだけだ」


 未来を得る自由があるなら捨てる自由もある。こちらに迷惑をかけないならご自由に。オレらはお先に失礼します、だ。


「で、コンロは何日で作れるんだ?」


「材料があれば一日もかからない。半日もあれば四つは作れる。だが、そんなものを作ってどうするのだ? 薪があるのに」


 じゃあ、なんで生まれたんだよと問いたいくらいのセリフだな。


「世を便利にするためであり、儲けるためさ」


 薪の文化を否定するつもりはないし、薪のよさも知っている。失ってはならないものでもある。だが、それを女に強いるのはしたくない。


 まあ、当たり前を覆すのは大変なもので、他に方法ないかとか考えるどころかそれが作法や決まりになるから始末に終えなくなるのだがな。


「あんたたちはこの酒の旨さを知ったが、前に飲んでいた酒があるからとこの酒に手をつけないことはできるか? 飲まなくても構わないと言えるか?」


 無理だとオレは断言できる。イイものを知って、それ以下のものを許せると言うヤツがいるなら是非ともオレの前に現れて欲しい。来たら身ぐるみ剥いで無人島に放り込んでやるよ。


 それでも生き延びて、幸せと言うならその考えはドブに捨てて見習わしてもらうよ。


「魔道具の報酬は酸っぱいだけのエールにしてやるよ。構わねーな?」


「わ、わかった! よーくわかったから許してくれ! こんな旨い酒を知って、以前の酒など飲めんよ!」


 素直な欲望でなによりだ。未来を得たいならその欲を捨てないことだ。


「材料はカイナーズホームで揃えろ。金はオレが出す。ただし、一月以内にコンロを千は作ってもらう。それが終われば冷蔵庫だ。家で使うものから荷車に置けるものまでを三千は作ってもらう。もちろん、追加するかもしれんからよろしく頼むぜ」


 仕事が欲しいと言うならくれてやる。未来が欲しいと言うなら十年先まで用意してやる。酒を飲む暇がねーと言うほど忙しくしてやる。クルフ族に自慢してやれ。オレたちはお前らより優れているとな。ククッ。


「さあ、シュードゥ族が繁栄するときだ!」


 そして、シュードゥ族の未来に乾杯しようやとコーヒーカップを掲げた。

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