第1113話 面倒包囲網
なんてメルヘンなんぞの裏切りは道端に放り投げ、スラムへの案内、よろしこです。
「あんちゃん、コーヒーってまだある?」
周りを見ながら道を覚えていると、トータがそんなことを尋ねて来た。
「タンポポから作ったほうか?」
植物博士がいて、それこの植物はなになにと命名する時代でもなければ雑草に名前をつける酔狂もなし。ただ薬師の間では春の穂と呼ばれてはいるが、オレが面倒なのでタンポポと命名して村に広めてしまったことにかんしては「ごめんなさい」と謝っておこう。
……村の外にまで広まったことにかんしては不可抗力と言っておく……。
「うん。依頼に出てるんだ」
やはり動いたヤツはいたか。まあ、隠してはいねーから出て当たり前なんだがな。
「その依頼は受けたのか?」
「まだよ。ベーの話を聞いてからと思ってさ。なんか嫌な予感したしね」
と、チャコ。
その辺は前世の知識から来た勘だろう。トータはわかってないようだしな。
「受けなくて正解だ。そりゃ、他の都市からの依頼だろうからな」
確証はねーが、オレならやる。
「たぶん、出所の探りを入れてるのと、用心のために手に入れておきたいんだろう」
商人なら転売って方法もあるが、商人ならまず市長代理殿に交渉するはずだ。冒険者ギルドに依頼するより確実だからな。
「あ、やっぱり。依頼主が外の商人ってのに引っかかったのよね。疫病騒ぎで外の商人は逃げたからさ」
「ふふ。さすが自由貿易都市群帯。疫病になろうとご近所さんの動向は気になるようだ。怖い怖い」
このハルメランが狙われてるのは市長代理殿との話で理解してたが、随分と優秀なスパイを仕込んでじゃねーか。黒丹病が流行っても逃げねーんだからよ。
「……わかっちゃいるけど、面倒なことよね……」
どんな世界であろうと現実は面倒で生き難いもの。目を背けて逃げるのも手だが、好きなように生きたいのなら目を逸らさず、真っ正面からと見せかけて脇から攻撃しろ、だ。
「そうだな。どう上手く面倒を避けても、また違う面倒がやって来る。人生はままならねーぜ」
アハハと、前世なら苦笑いしてただろうが、今生は笑えるくらいには人生を謳歌している。まったく、生きるってのは摩訶不思議なもんだわ。
「まあ、ベーの場合、面倒包囲網にかかってるようなもんだしね」
なんだよ、面倒包囲網って!? 仮に包囲されてたら全力で排除したるわ!
「それは言えてる。アハハ!」
「ですね」
なんて皆さんが大笑い。クソが!
オレ以外和気藹々なままスラムへ──区とされている場所へ到着した。
廃れた感じはあるものの、汚れた感じはない。スラムと言うよりは下町って感じがする。
「浮浪滞在者とかいる地区か?」
「それは南門と東門の間にある──いえ、あったわ」
違うんだ。ってか、そっちがスラムじゃねーの?
「あった、ってことは、全滅か?」
「ええ。一部の暴徒が火をかけたの。ウワサじゃあそこから発生したと言われてるわ」
珍しくない話とは言えヘビーなこった。幽霊どころか怨霊が湧きそうだな。
「……聖水ってどこで売ってるんだろうな? タンクローリー単位で買い占めてーわ……」
「聖水? あるわよ」
と、チャコが洒落た小瓶を出した。
「とあるゲームの聖水だけど、この世界の悪霊にも効いたわ」
さすが神(?)さま製。とだけ言っておこう。他はサラッと流さしてもらいます。
「ちょっ、ベー様、そんな物騒なもの受け取らないでくださいよ! 消えちゃうじゃないですか!」
どうやらレイコさんもビビる威力らしい。なら、大抵の悪霊は消滅させられんな。
……エリナにかけたら消えるかな……?
「マイロード。それはわたしにも効きそうなので扱いにはお気をつけください」
なにやらドレミからの注意喚起。ってか、スライムにも効くのかよ?
「恐らく魔物にも効果があると思います。非常に危険です」
そうなの? と目でチャコに問う。お前、なにヤベーもん持ってんだよ。
「そうなんだ。今度魔物にも使ってみるわ。ゲームじゃ聖水って滅多に使わないからいっぱいあるし」
「あるって言っても有限なんだから大事に使えよ。まあ、これならプリッつあんの力で増やせるが、同じものを増やすことはできねーんだからよ」
「創造主様なら可能です。シュンパネも増やしましたから」
あ、そう言やそーだった。魔力を必要とはするがよ。
「あたしらと同じ?」
「カイナと同類だ」
一緒にしないでくれ。不本意だわ。
「あたしも結構~飛び抜けた性格してると思うけど、上には上がいるものなのね」
あれ以上の上がいるとか考えたら憤死しそうだわ。
「増やしたいものがあればチャコだけいってみたらイイさ」
トータは乗り越えたとは言え、二度といきたくねーだろうからな。見ればうんうんと頷いてるよ。
「そうね。そうするわ。事実、増やしたいものがあるしね」
方向性が違うから混ざると危険にはならんと思うが、害にはならんでくれよ。なったらオレは全力で逃げるからな。
と、なにか膜みたいなものを通りすぎた。
「ベー様、どかしましたか?」
急に立ち止まったオレに訝しそう顔してミタさんが尋ねて来た。
他を見れば感じたのはオレだけのようだ。いや、プリッつあんも感じたのか、頭の上から下りて来てジャケットの中へと隠れてしまった。
「……これ、ヨウテンイキです……」
レイコさんが呟く。つまり、面倒事ってことね。はぁ~。
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