第1112話 敵は近くにいる
仮所を出てしばらくすると、チャコたちが追いかけて来た。報告は終わったのか?
「なにギルドにケンカ売ってんのよ! 無茶苦茶よ!」
それは冒険者の理屈。村人の理屈ではねーよ。
「オレは冒険者ギルドによりかかって生きてるわけじゃねーからな。下手に出る必要はないんだよ」
──長いものには巻かれろ。
それはそれで正しいとは思うし、間違いと言えば間違いだと思う。いっぱしの社会人なら経験があんだろう。正しいことを言ったのに否定されたこと。それで孤立したことを。ねーヤツは自分の心に尋ねたらイイさ。きっと満足な答えが返って来るだろうぜ。ククッ。
「それにしたってベーなら丸く収められたでしょに!」
「まあ、できるかできないかと問われたらできると答えよう」
それくらいできねーで村で、いや、人の世では生きていけねーからな。
「なら!」
「それをやるオレになんのメリットがある? なんの理由がある? 義務も義理もねーのに損しなくちゃならないだ?」
沈黙するチャコ。そこで答えたらオレは心を入れ換えて長いものに流されるさ。
……もっとも、強いものには巻かれてますけどね……!
「チャコも昔の常識に捕らわれてんな。この世界は弱肉強食。強いものが法だ。さて。そこで問い返そう。オレは弱いか? 考えもなしに誰構わず敵にするような男に見えるか? なにも用意しないでおくと思うか?」
この世が弱肉強食だと身を持って学んだときから強くなろうと決めた。強力な味方をつけて来た。できることから用意して来た。
「言いたいこと言うには力がいる。金、人、権力の力がな」
他にあるが、その三つを揃えたら並大抵のものには勝てるだろうよ。
「オレはもうあんなヤツみたいなもんに頭は下げたくねー」
必要なら地面ともキスはするし、その足も舐めるがな。だが、必要がねーのなら相手にやらせる(いや、マジでやって来たら全力で蹴飛ばしてダッシュで逃げるがな!)。そこに慈悲はねー。
「……そ、そりゃ、わたしも嫌だけどさぁ、S級になるにはギルドの評価が、ね……」
まったくこいつは前世の記憶に引っ張られすぎだ。
「お前のやり方に否定はしねーさ。組織の中で上を目指そうと思ったら上役を敵にはできねーからな。だが、それだと昔のようになるぞ」
チャコの前世など知らんし、聞く気もねー。だが、これまでの行動を見てたらわかる。前世では不満から目を逸らして生きて来たんだな~、ってな。
「好きなように生きたいなら好きなように生きられる力を身につけろ。金でも人でも権力でも利用しろ。お前には、いや、お前らには自由気ままに生きているS級村人がいるんだからよ」
自慢しよう。オレには金も人(脈)も権力(者)もある。相手がなんであれ勝てる自信があるとな。
……ただ、勝つまでには時間がかかる、とだけつけ加えさせていただきますがね……。
「あ、この都市はオレが制したからあしからず」
ニヤリと笑うと口をパクパクさせるチャコ。まだまだこの世界に順応できてねーようだ。
「それよりトータ。スラムがどこにあるか知ってるか?」
チャコは勝手に立ち直るだろうから放置して、呆れ気味のマイブラザーに尋ねた。
「教会があるところがスラムだよ」
あそこが? そんな寂れた感じはなかったぞ?
「あそこを仕切ってるのがちょっと変わった人……っぽい、なにか? おれは直接会ってないからわかんない」
「おれは、ってことはチャコが会ったのか?」
「うん。人っぽいなにかだって言ってた」
まあ、人っぽいなにかが多い世界だからな。特にオレの周りとかよ……。
「うん。まずは自分が人っぽいなにかだって自覚したほうがいいと思うわ」
頭上からの突っ込みはノーサンキュー。オレはまごうことなき人です! 君たちと一緒にしないで!
「用がなければ案内してくれや。夜に出たから道覚えてねーんだよ」
道を覚えるのは得意だが、さすがに街灯のない場所の道を覚えろとか無茶だ。それに途中から馬車に乗ったからよけいにわからんわ。
「いいよ。おれらが受ける依頼もないし」
あっさり承諾するトータ。いや、ねーのなら他の場所にいけよ。
まあ、B級パーティーともなれば一つか二つしか仕事はねーだろうが、ないところに止まるよりはマシだろうさ。
「依頼を失敗したから取り返さないといけないんだ」
こいつも簡素に説明するから読み解くのは大変だが、その話は親父殿から聞いたことがある。その場所での失敗はその場所で取り返せって。
ルールではなく暗黙の了解的なもので、破ったからと言ってペナルティはねー。ただ信頼が落ちるだけだってな。
「大変だな、冒険者家業も」
オレならイイ経験したと思って次に移るがな。
「他人事で言わないでよ。B級に匹敵する仕事をしないとここを出られないんだからさ」
こいつは変なところで真面目だよな。自作自演とかやりようはあるだろうが。
「なら、これをやるから次へいけ」
無限鞄からエルクせプルが六本入った箱を出してトータに渡した。
「エルクセプル。この世界でのエリクサーだ。なくした腕や病気も治せるぞ。と言ってもまだ検証しなくちゃならんことはあるがな」
いくら伝説の薬でも万能ってわけはねー。治せないものはあると、オレは見ている。薬師としてそんなあやふやなものを薬とは呼べねーよ。
そんなものを渡してイイんかい! とかの突っ込みは甘んじて受け入れよう。ただ、多大なる犠牲の元に薬師はあると理解はしていただきたいです。
「……ゲームの世界かと疑いたくなるわね……」
残念ながら血も涙も出る弱肉強食な世界だよ。
「効果を確かめるのに二本も使えば嫌でも信じんだろう。残りはお前らの判断に任せる。出所を聞かれたら高い金ふっかけて流浪の薬師バットから仕入れたと言っておけ。入手法は契約上の秘密だと言っとけ」
細かいことはお前らのアドリブで乗り切れ。そこまでは面倒見れんわ。
「……誰よ、流浪の薬師バットって……?」
「フフ。オレの前まで辿り着いたなら教えてやるよ。思いつきで名乗っちゃいました。メンゴ、ってな」
それだけの努力を示したんだ、正直に言わんと失礼だろう? なんなら当たり賞でエルクセプルを一つくれてやるぜ。
「……なんて悪辣。あんたはこの世界の裏ボスか……」
そうなれたら実に気持ちイイだろうな。その秘密はオレだけが知っている。とか想像しただけでゾクゾクするぜ。
「大丈夫よ。ベーが悪いことしたらわたしがぶん殴っておくから」
プリッつあん、お前もか!
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