第1110話 バルグルの酢漬け
冒険者ギルド──の仮所か。まあ、仮の所に見るべきものはなし。なので空いている席に座り、チャコたちの用事が終わるのを待つことにする。
「注文できんのかな?」
この時代にメニューなるものがあるところは高級なところか趣味でやっている料理屋くらいなもの。冒険者ギルドがやっている酒場兼食堂などに求めるほうが間違っている。
給仕人を待つが、一向に来る気配はナッシング。やる気あんのか、ここ?
「訊いて参ります」
ミタさんがそう言うと、カウンターへと向かった。
注文できるかどうかわからんからコーヒーを出すのを控えていると、頭の上の住人さんは勝手にお茶セット(グッズか?)を出して先に飲み出してしまった。持ち込み禁止だったらどうすんだよ。ちょっとはマナーを守りなさいよ。
「こんなところでまともなお茶が出るわけないじゃない。わたし、よくわからないお茶なんて飲むの嫌よ」
まあ、オレもそうは思うけど、郷に入れば郷に従いなさい。それが余所者の仁義(ルールか?)ってものでしょうがよ。
困ったもんだが、メルヘンが消費する量など銅貨一枚にもならないんだから文句は言われまい。言われたら追加で注文すればイイだろう。
「ベー様。出せるのはエールと酢漬けのバルグルしかないそうです」
「バルグルの酢漬け?」
「秋に収穫されるクズ実を漬けたものらしいです」
ほーん。そんなこともやってんだ。ちょっと食ってみるか。
お願いして出て来たのは梅干しくらいのサイズで色は茶。それが皿いっぱいに盛られていた。
「いくらだ?」
「三ペシルです」
ペシルとはハルメランやこの周辺で使われている通貨単位で、十ペシルで銅貨一枚になるらしい。まあ、六ヵ国同盟国と繋がりはないので正式ではねーがな。
「安いんだな」
「クズ実は結構出るらしいです。それに、冬の実も小さいうちは酢漬けにできるそうで、冬のうちに消費されることはないようですね」
あの短時間でよく訊き出しましたね。どんなコミュニケーション能力を発揮したのよ?
「町に出た者からの情報です」
あ、情報収集能力を発揮したのね。納得です。
備えつけの串でバルグルを突き刺し香りをクンクン。うん。香りはまあまあだな。
口へと入れて咀嚼。一言で語るならすっぺー、だな。
「……美味しいの……?」
二つ三つと口に入れてると、興味を持ったのかプリッつあんが尋ねて来た。
「たぶん、プリッつあんの口には合わんと思う」
これは肥えた舌を持つヤツには無理だな。オレの舌でもギリ許せるくらいだ。
「ちょっと一つちょうだい」
無限鞄からフォークを出してバルグルを刺した。止めておいたほうがイイと思うよ。
プリッつあんにはグレープフルーツサイズのバルグルに鼻を近づけ、クンクンと嗅いだ。
「……香りはいまいちね……」
結構酢の匂いが強いと思うのだが、メルヘンの鼻はそうでもないらしい。それともプリッつあんが特別なのかな?
はむっとバルグルに噛りつき、モグモグと味や食感を確認するよう咀嚼し、ゴクンと飲み込んだ。酸っぱくないの?
「……意外とイケるじゃないの……」
そうなの? 結構酸っぱいだろうに。ミタさん、ちょっと食ってみ。
「……酸っぱいですね……」
だろう。オレですら五つ食えばもう結構って酸っぱさだもん。バルグルの味を楽しむもんじゃねーな、これは。
「これはお酒のツマミですね」
あー飲兵衛のツマミね。いや、飲兵衛ではないのでわかんねーけどさ。
「ベー、お代わり」
え? と見れば皿が空になっていた。大丈夫なのか?
「大丈夫よ、このくらい」
上品にハンカチで口を拭くプリッつあん。まるでフランス料理を食ったかのようだな……。
「ミタさん、お願い。あ、持ち込みはイイかも尋ねてくれ」
持ち込みはイイようで、すぐにコーヒーを出してくれた。あと、なぜかラスクも。まあ、旨いからイイけどさ。サクサク。
酢漬けもすぐに持って来られ、パクパク食べるプリッつあん。本当に大丈夫なんだろうな?
「お酒飲みたくなっちゃった」
と、なんか古くさい壺を出して茶碗に注いだ。
「なんか毒々しい色してんな。なんだそれ?」
どこかで見たような気はするが。
「キュシュンジャーのガルメリアよ」
「魔大陸です」
と、ミタさんが補足してくれた。あ、ああ、思い出した。竜人さんの酒な。ってか、よく持ってたこと。
「キュシュンジャーとは定期的に取引をしてますから」
あ、確かゼルフィング商会やメイドを置いたっけ。昔……でもねーけど、いろいろあって完全に忘れったわ。
「プリ。わたしも飲みたいです」
テーブルの下で大人しくしていたギンコが飛び上がって来た。お前も飲兵衛なのか?
「この飲み物、大好き。何代前から飲んでた」
生まれ変わる前のこと覚えてんのか? 竜の生態も謎が多いわ。
「ふふ。飲み仲間ができて嬉しいわ」
と、飲み会が始まってしまった。
まったく、困ったヤツらだよ。と、メルヘンや犬のような竜の宴会を眺めながらオレは一人お茶会を楽しんだ。
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