第1111話 老害

 バルグルの酢漬けはキロ単位で買えた。


 どうも黒丹病で消費が抑えられ、結構な量があったらしい。なので、プリッつあんの要望も加えて買えるだけ買わしてもらいました。


 ……ってか、うちでも残りそうな量なんですが……。


「大丈夫よ。この味なら喜んで食べる人はいっぱいいるから。もし余るようならわたしが食べるわ」


 なんて請け負うメルヘンさん。まあ、無理なときは他に回したらイイか。食うのにも困るところはいっぱいあるしよ。


「……これ、蜂蜜に漬けてもいいかもしれないわ……」


 その横では違う選択肢(?)を考えている万能メイド。好きにしなさい。あなたなら自分だけで消費しそうだしな。


「ベー。もっと手に入れられないかな? もうちょっと酢を控えたものが欲しいわ。たぶん、あると思うの」


「ベー様。酢漬けになる前のも欲しいです」


 君たちのバルグルに懸ける熱い思いは認めるが、それをこちらに押しつけないで欲しい。オレ、そこまでバルグルに熱を傾けられませんって。


 とは言え、バルグルが酢漬けにできるのなら塩漬けも可能であり、保存食となる。そう考えれば熱は三度(そこは察するか感じてください)は上がる。行動には移せる。


「シュードゥ族を使ってもイイが、せっかくの冒険者ギルドだ。冒険者に依頼するのもイイかもな」


 新参者に買い占めさせるのもいざこざの元になる。ここは、地元の冒険者を使ったほうが無難であろう。


 しょうがねーなと椅子から腰を上げ、カウンターへと向かった。


 カウンターには中年の男がいて、キセルのようなものをくわえ、酒を飲んでいた。


 ……やる気まったくナッシングだな……。


「おっちゃん。依頼はここで受けつけてくれんのかい?」


 あぁん? とばかりにオレを睨む。ダメだな、ここは。


 オレの中で評価がだだ下がりだが、まあ、こんなところの冒険者ギルドならこんなもんだろうと軽く流しておく。


「できるのかできねーのかどっちなんだよ? 酒の飲みすぎで頭がおかしくなったか?」


 こんなヤツに敬意は不要とガラ悪く言ってやる。


「ミルヒー。客だぞ」


 と、怒ることなく奥に向かって叫んだ。どうやらこのくらいの言葉は日常茶飯事のようだ。


「はーい! 今いきまーす!」


 なにやら明るい声が返って来た。受付嬢か?


 奥から出て来たのは十代半ばの女で、受付嬢と言うよりは看板娘的な感じだった。


「依頼ですか?」


「ああ。ねーちゃん、受付嬢なのかい?」


「いえ、代理ですよ。職員はたまにしか来ませんので」


 それで問題ねーんだ。本当に特殊なところだな、ここは。


「そうかい。まあ、イイや。オレはヴィベルファクフィニー・ゼルフィング。バルグルの酢漬けを集める依頼をお願いしたい。この状態で大丈夫かい?」


 主に冒険者に不安があるんだがよ。


 ここにいるヤツらはまるでやる気ナッシング。依頼を出しても受ける気配が見えねーんだがな。


「そうですね~。なにぶん冬に依頼を出す人は少ないですし、今回は疫病で冒険者の方もお亡くなりになりましたから難しいと思いますね~」


 やはりか。となればシュードゥ族に頼むしかねーか。あまりさせたくはねーんだがな。


「あ、でも、依頼料を弾めば見習い冒険者なら受けると思いますよ」


 冒険者はいないが見習いはいる? どう言うことだ?


「さすがスラム出の見習いは頑丈ですよね。あの疫病で誰一人死ななかったんですから」


 それで片付けられるのは無知からか、それともオレが考えすぎか、いや、そんな偶然があるわけねー。なにか要因があるはずだ。


「どうかしましたか?」


 今は思考の海に飛び込んでいる場合ではねー。気になるなら調べろだ。


「いや、なんでもねー。依頼料は十万ペシル。手数料から引いた料金でバルグルの酢漬けと酢漬けしてない実があるなら集めてくれ。もし、それ以上集まったなら買わしてもらうよ」


 十万ペシルと保証金として金板をカウンターに置いた。


 金板を出したことに驚くねーちゃん。気持ちはわかるがさっさと受理してくれや。


「どうした?」


 と、ごっついじーさんが現れた。ここのギルドマスターか?


 じーさんはオレをチラリと見てねーちゃんに事情を尋ね、ねーちゃんはしどろもどろに答え始めた。


 で、説明が終わるとごっついじーさんがまたオレを見る。いや、睨むと言ったほうがイイかもな。気の弱いヤツなビビッて腰を抜かすことだろうよ。


 ……ここで苦笑するオレはどうかしてんだろうな……。


「生意気そうな顔したガキだ」


「そう見えんなら幸いだ。生意気なクソガキがオレの信条だからよ」


 見た目で判断してもらえるなんて久しぶりで、なんかちょっと嬉しくなったわ。最近、騙されてくれるヤツがいなかったからよ。


「じーさんは考えるのが苦手って、いや、思考ができねーって感じかな? なんでも腕力で解決する性格だろう?」


 これだけ年齢を重ね、いろんなヤツと触れ合っていたら見た目は二の次だ。まず直感が働き、次にそいつの目を見る。そこで経験による推察。そして、答えを導く。それを一瞬でやるヤツはだいたい笑うものだ。


 ……あくまでもオレの経験で考察だからまじめに受け取らないでね……。


 隠そうともせず怒気を膨らますじーさん。これはダメだ。付き合うだけ時間帯の無駄だわ。


「依頼は取り消す。邪魔したな」


 金と金板を無限鞄に仕舞い、じーさんに背を向けた。


「待ちやがれ! 好き勝手言ってただで帰れ──」


 じーさんがカウンターを飛び越えて来るが、ミタさんといろはが銃口を向けて黙らせた。


「やるって言うなら付き合ってやるが、オレは年寄りだからって容赦はしねーぞ」


 年寄りは大事に、の精神は持ち合わせてはいるが、それは一生懸命生きたヤツにだけだ。老害なんぞに向けるのは嫌悪だけだわ。


 フンと鼻を鳴らし、仮所をあとにした。

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