第1082話 アドアーリへ
どうした? と言いかける前にオレの目がトータの首筋に向けられた。
「あんちゃん! 皆が死んじゃう! 助けて!」
必死に叫びながら駆けて来るトータを結界で捕縛し、動けないようにした。
空中に浮かし、首筋の黒い点を凝視する。
「……マジかよ……」
いや、マジなんだから否定してもしかたがねー。
「……あ、あんちゃん……?」
「重要なことだ。館の前に転移して来て館に入ったか?」
マジな目でトータに問う。マジで答えろ。
「う、うん」
よし。それならまだ救いはある。
「ミタさん。ブルー島にいるヤツを全員離れの前に集めろ。絶対に外に出すな。厨房にいるヤツはオレがよしと言うまで出るな。そして、誰も入るな。急げ!」
「畏まりました!」
「ドレミ。館にお前の分離体はいるか?」
「はい。ソラシ隊がいます」
「館にいる者は絶対に外に出すな! 外にいるヤツは入るな! 村には下りてもダメだし、来た者は宿屋に誘え。あと、カイナに噴霧器を大量に持って来てくれと伝えてくれ。ただし、絶対にブルー島には入るなと伝えろ」
「畏まりました」
「プリッつあんは、お湯を沸かしてくれ」
そう言ってトータを風呂場へと運ぶ。
ここに移しても風呂は二十四時間入れるようにしてある。ミタさんの部下が二十四時間体制で働いているからな。
無限鞄から収納鞄を取り出し、中からタンポポモドキの花を乾燥させて粉にしたものを湯に放り込んだ。
「……あんちゃん……」
「堪えろ。今はお前の命が先だ」
粉が溶けるようにかき混ぜ、服のままトータを湯に浸けた。
「クソ! こんなことならちゃんとバージョンアップさせておくんだったぜ!」
タケルたちに纏わせている結界ならこんなことにはならなかったのだが、トータに纏わせている結界は物理防御結界だけ。命にかかわるような衝撃を受けたときに発動するものだ。
冒険者になりたいと言うトータに過度な守りは感覚や勘を鈍らせ、知識を狂わせるからだ。
チャコがいるからってのも判断を鈍らした。いくらチャコが賢くて図太くても種の違いからくる危険や世界の知識が不足している。強いだけでこのファンタジーな世界は生きていけないだろうによ!
──いや、そんな無駄な後悔している場合じゃねーだろう、オレ!
風呂場を出て居間に戻る。
「ベー! いったいなんなのよ!?」
「黒丹病だ。いや、まだ断言はできねーか。トータの容態次第だ」
三百年前に起きたもので、伝聞でしか知らねー。だが、治療法はある。まあ、症状が悪化していたら無理だがよ。
「危険なの?」
「病原菌たるトータの進行具合だな」
オハバから聞いた話からして、被害が拡大したのは死体が腐敗して空気感染で広まったのだろう。だが、そう詳しい症状や経緯は伝わってねー。タンポポモドキが効くってことと、その処方だ。
万能薬たるエルクセプルをと、一瞬頭がよぎったが、すべてに効くかはわからねー。ましてや菌やウイルスだけを死滅させるかなんてわからねー。増殖しました、なんてなったら笑い話にもならねーわ。それを弟で試すとか鬼畜だわ。
「昔の病気だが、その治し方はある。今は初期の初期だから恐れる必要はねー。だが、油断してイイもんでもねー。黒丹病は何万人も殺した病気だからな。ましてや魔族や妖精にどんな影響を及ぼすかわからねー。だから、しばらくはブルー島から出るのを禁ずる」
念には念を。少なくても二十日は様子を見る。
「館は大丈夫なの?」
不安そうなプリッつあんに笑ってみせる。
「絶対とは言えねーが、まあ、館は大丈夫だろう。二十四時間空気浄化させてるし、体についた病原菌は弾くようにしてある。タンポポモドキを煎じた湯に浸かってコーヒー(モドキ)を飲めば黒丹病の症状は消せるはずだ」
前世の記憶があるだけに納得できねーが、ファンタジーだからと受け入れるしかねー。オレはそこまで賢くねーし、十一年しか生きてねー。真実の爪先も触れられねーよ。
「ベーの結界ではダメなの?」
「ダメではねーが、治せる方法があるなら使うに越したことはねーよ。それに、オレの力は邪道だ。それしかねーと言うなら容赦なく使うが、正道があるなら正道で治す。正道を次に受け継がせるほうがイイ」
技術は受け継いでこそ。受け継げない力は害悪だ。いやまあ、容赦なく使ってるオレのセリフではねーけどよ。
「人から人に伝染するならそう怖くはねー。人から他種族に伝染し、その体で病原菌が変化するのが怖いんだよ。治療法が違ってくるからな」
症状の現れ方も違うかも知れねー。だが、知れたら知れたで次に渡せる。オレでは無理でも次のヤツなら見つけてくれるかも知れねー。なら、今を生きる者として今知れることはすべて記録に残すまでだ。
「オレが帰って来るまではブルー島はプリッつあんが仕切れ。ドレミを通じて指示は出すからよ」
「え、ちょっ、オレがって、ベーは外に出るの!?」
「黒丹病とわかった瞬間に結界は纏ったし、常々、黒丹病の特効薬とも言えるものは飲んでいる。まず感染はしてねーよ」
仮に感染してたとしても結界から漏れることはないので問題ナッシングだ。
「ドレミ。外のでも大丈夫だよな?」
訊くまでもないだろうが、訊いてこその意義がある。
「問題ありません」
平坦な声ではあるが、そこに籠った感情は強く感じ取れた。
「なに、大丈夫。すぐに戻って来るよ」
不敵に笑って見せる。
そう笑えるだけの味方がオレにはたくさんいるんだからよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます