第1072話 万事、オレに任せろ

 うちの中に入ると、若いのが二人とばーちゃんがいた。


「わしの連れと跡継ぎだ」


 連れ? 嫁さんってことか?


「じいさん、結婚してたんだ……」


「ん? 言ってなかったか?」


 かれこれ六年の付き合いだが、嫁がいるなんて聞いたことはねーぞ。


「行商人って結婚できるものなんだな」


 冬以外、各地を回る行商人が結婚なんてできるかとあんちゃんが言ってたから、そうだと思い込んでたわ。そのあんちゃんも行商人を辞めてから結婚したしな。


「まあ、ヤカ──家内は町で卸し店をやってたからな」


 シャンリアル伯爵領は辺境であり、街と呼べるほどの大きさはなく、そう活気もないので、領内の者はシャンリアルの町、または町と呼ぶ。


 辺境の町なだけに流通は乏しく、農作物も集まらない。買い占めたら大変なので、オレはバリアルの街へ。村に必要なものはあんちゃんとじいさんに頼んでいたわけよ。


「町は不景気なのかい?」


 超万能生命体のヴィ・ベルくんがガンバってくれてるはずだが。


「いや、新しい領主さまになってからは豊かになったよ」


 それはよかった。ヴィ・ベルくんに感謝です。


「だかまあ、年寄りが暮らすにはまだ大変なんでな、お前の言葉に甘えてやって来た」


 引退したら村に来いと言ってたのだ。これまでの恩を返したくてな。


「おう。いくらでも甘えな。死ぬまで面倒見てやるからよ」


 老夫婦二人を養うくらい屁でもない。豪遊させてやるぜ。


「ミタさん。館に部屋は空いてるかい?」


 オレ、もう館のことなんもわかんねーわ。


「はい。館にいたメイドはほとんどブルー島に移りましたので空いております」


 ブルー島ならぬメイド島になってそうだな。まあ、館自体がメイドの住処だったがよ。


「いや、あそこは勘弁してくれ! あんな貴族さまが住むようなところじゃ気が休まらねーよ。小さな家と畑をもらえたらそれで充分だ」


「その歳まで働いたんだからゆっくりしたらイイんじゃねーの? 暇なら旅行に連れてってやるぞ」


 なんなら世界一周にいくか? ただ、空とか海の中も追加されるがよ。


「お前じゃないんだ、そんな波乱万丈なんか求めてねーよ! わしらは穏やかに暮らせたらそれで満足だわ」


 オレだって波乱万丈なんか求めてねーよ。平々凡々に、悠々自適に、ちょっとした刺激があればイイって感じだわ。いやまあ、なってないですけどっ!


「んじゃ、こっちに家でも建ててやるよ。このブルー島は気温も一定だし、下れば店もある。畑に適した土地じゃないが放牧には適してるから家畜でも飼えばイイ。山羊と鶏ならすぐに用意できるしな」


 ほぼ牧草地みたいなもの。柵で囲んで放し飼いしてればイイさ。天敵もいねーし、雨も霧雨程度だしな。


「あ、あの、イイかしら?」


 と、ばあさんが声を挟んで来た。なんだい?


「店は開けるかしら?」


「店? まあ、開けはするが、大体のものは用意できるぜ、うちは」


 店は姉御のところしか知らんが、館にいけばファミリーセブンがあるし、カイナーズホームから取り寄せもできる。店を出しても客は来ねーんじゃねーの?


「……ダメ、かしら……?」


「ダメではねーが、客は来ねーと思うぜ」


 あのアホ魔王のせいで、うちのメイドは前世の商品が当たり前になっている。そんなヤツらを満足させる商品はそうはないだろう。村でやるならまだ見込みは……ねーか? そこの二人が跡を継ぐんだから……。


「べー様。でしたら離れの横で宿屋をやってもらってはいかがですか?」 


「それこそ必要ねーだろう。ゼルフィングの宿屋があるんだからよ」


 客が来たときのために創ったもの。余程のことがなければ満室にはならんだろうが。


「部屋や接客は充実してますが、ゼルフィングの宿屋の窓から見える景色がよろしくありません」


 あーまあ、確かによろしくはねーな。ってか、考えもしなかったわ。


「それに、べー様のお客様はこちらに招待したほうがよろしいのではありませんか? あまり高級だと気後れする方もいるでしょうし」


 と、じいさんたちを見た。


「外の宿屋は入り難いかい?」


「あんな見た目から高級なところ、わしらには無縁だ」


 で、そのまま素通りってわけか。じいさんみたいな者がいることを失念してたわ。


 オレを訪ねて来る者は大体くだけており、図太いヤツが多いが、じいさんみたいな小市民的なヤツもいる。そう言うヤツはうちにではなく村の宿屋を利用するのだ。畏れ多いと言ってな。


 前世の感覚があるせいか、想像はできても理解はできない。こっちが招き入れてんだから遠慮することねーだろうって思いが先に立つのだ。


 ただまあ、押しつけて恐縮されるのもなんなので、無理には誘わないようにはしてるがな。


「安宿を作るか?」


 じいさんたちみたいなのを相手にする宿屋をよ。


「それがよろしいかと。それなら宿をしながら牧畜もできますし、店も併設できます。忙しいときは応援を出しますのでお二方の負担はないと思います」


 まあ、じいさんもばあさんも儲けようとしているわけじゃないようだし、ミタさんの案を採用しよう。


「ってな感じだが、どうだい?」


 戸惑う二人に尋ねる。


「……え、あ、ああ。面倒でなければ頼む……」


「お、お願いします……」


 頭を下げる二人に笑ってみせた。


 万事、オレに任せろ。じいさんにもらった恩は十倍にして返してやるからよ。

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