第1073話 宣う

 じいさんのこと一旦横に置き、引退した今もこうして一緒にいる剣士のじいさまに目を向けた。


 じいさまは常々こう言っていた。


 ──剣に生きて、剣に死す。


 まあ、言葉にすればカッコイイが、世の中そんなに甘くはないし、剣に死すには相手が剣を持ってないと成立しない。ましてや剣士など出会い運の高いオレでもじいさまと剣客さんしか知らねーよ。


 冒険者の多くは剣を使うが、必要とあれば槍でも弓でも使う。ゲームじゃねーんだ、剣一本でどうこうできるわけねー。


 素材を剥ぎ取ったり、肉にしたりしなくちゃならねーんだ、無暗やたらに攻撃なんかできねーよ。できねーヤツは三流以下。早々に死ぬ、と親父殿が言ってました。


 剣を使うと言えば騎士と思うヤツがいるかも知れんが、規律や誇りを重んじ、私的決闘または対外試合なんてしねー。騎士は人を守るためにあり、城にいる騎士以外は魔物を狩っているからだ。


 まあ、人とも戦うこともあるだろうから、訓練として受けるかも知れんが、殺し合いなんてすることはねーだろう。いたとしても少数だ。それはつまり、数回しかできないってこと。ってか、そんなアホ、早々に騎士をクビになってるわ。


 そんな世で剣士を名乗り、剣士として生きるのは酷でしかねー。が、それをこの歳までやっちゃうんだからアッパレとしか言いようがねー。


 まったく、そんなバカ野郎がオレは大好きだ!


「生涯の好敵手は現れなかったかい?」


「ああ。強敵しか現れなかったよ」


 だろうな。このファンタジーな世界、強敵なんぞどこにでもいても、好敵手にはそうは会えるもんじゃねー。好敵手なんて同じ道、同じ考え、同じ思想を持ってなければなれんからな。もしくは、正反対のヤツかな?


「そりゃ、この大陸だけ歩いてたら見つからんさ。剣士なんてじいさましかいないんだからよ」


 まあ、いるかも知れないが、いたらじいさまが会っている。死してないってことはそう言うことだろうよ。


「……そう、だな……」


 自嘲気味に笑うじいさま。そんなことわかっていても捨てられなかったって感じだな。


「まあ、じいさまほど剣の腕は高くないだろうが、幸いにして剣に生きてるヤツが近くにいる。殺さないって誓ってくれたら紹介するぜ」


 人外一歩手前のじいさまに勝てるヤツなんて……いたりはするが、じいさまが望む相手は剣士。剣に生きる者だ。それでなくては意味がねーのだ。


「剣士がいるのか!?」


 喜ぶじいさま。


「まあ、東の大陸のヤツで剣の形状は違うし、じいさまが求めてる剣士かは知らんが、剣の真理だかなんだかを求めてるのは確かだよ」


 村……雨? いや、村正だったっけ? なんて名前だったか忘れたが、日本刀を持った目はじいさまと似ていた。少なくとも同類ではあるだろうよ。


「頼む! 紹介してくれ!」


 余程飢えているのか、下げたことのない頭を下げた。


 ……こりゃ、末期症状だな……。


 剣士として生きるために冒険者として魔物を狩ったり護衛をしたりするし、強者故にお願いされる立場でもある。長い人生だから「頼む」と言ったこともあるだろう。


 だが、恥を捨てて頭を下げることなんかねーはずだ。それは長年一緒にいたじいさんの驚きが証明している。


 ……なにか歓喜に負けて剣客さんと死合いになりそうだな……。


 じいさまには恩があるから願いは叶えてやりてーが、剣客さんを殺してしまっても困る。剣客さんもじいさまに釣られて死合いそうだからな。


「まったく、剣士とは難儀な生きもんだよ」


 別に否定はしないし、好きにしろだが、他人からしたらメンドクセーとしか思えねーよ。


「でもまあ、それがじいさまなんだからしょうがねーか」


 メンドクセーとは思っても、そんな生き方を貫くじいさまをカッコイイと思ってしまうんだから参るぜ。まっ、同類ですから。


 無限鞄からエルクセプルが入ったケースを出して、じいさまに渡す。


「じいさま、何歳だい?」


 訝しむじいさまに構わす問うた。


「……確か、七十、は過ぎていると思う……」


 歳を気にするなんて三十くらいまで。六十過ぎたら曖昧になるものだ。そもそも誕生日とか言う概念もなければ春夏秋冬で歳を決めてるからな。


「まあ、見た目からしてそんなもんか」


 ただ、このファンタジー世界、魔力があると長生きしたり、肉体が強化されたりもするから老人だからと油断はできねーのだ。


「この世界には、大陸と呼ばれるところが五つある。オレは魔大陸しか知らんが、そこには剣を差したヤツが何十人といたし、南の大陸には国主催の剣闘大会があるそうだ。東の大陸には剣聖とか剣王とかいるらしい」


 オレの言葉に子どものように目を輝かすじいさま。


「世には上には上がいて、井の中の蛙って言葉がある。さて、じいさまはどこにいて、後何年挑めるかな?」


 人外一本手前とは言え人は人。老いには勝てん。ファンタジーな世界でもそれは覆らない真理だ。


「……それでも、わしは挑みたい。剣に生きて剣に死にたいのだ……」


 まるで血を吐くかのように口にした。


「その中に入ったものを一本飲めば少なくとも十年は挑めるだろう。ただ、そう都合のイイもんでもねー。最初の一本は必ずじいさまを弱くする」


「構わぬ! 弱くなったのならまた鍛えればいいだけのことよ!」


 まっ、じいさまには愚問ってやつか。


 渡したケースを一旦返してもらい、中から一本取り出してじいさまに渡す。


 封を切って渡すと、なんの躊躇いもなく口にした。


 親父さんと同じく光はしないが、失った右の肩の肉が蠢き、腕を生やした。


「新たに剣の道は開かれた。さあ、挑め。剣士よ」


 唖然とするじいさまに神のごとく宣ってやった。

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