第1061話 プライド

 やってきました……あれ? なんだっけ? アグリじゃなくて、炙り定食でもなくて、そんなニュアンスの島だったはず。


 ヤベー。丸投げにしすぎてオレの中から消えてるわ! 


「親父さん、ここなんて言ったっけ?」


 忘れたら訊けと建物に入り、書類仕事しているっぽい親父さんに訊いたら、なぜかインク瓶が飛んで来た。危なっ!


 辛うじて回避はできたが、床が大変なことになってるぞ。まったく、しょうがない親父さんだ。結界で拭き取ってやるよ。ほ~れ。


「落ち着いてください、総督」


 怒れる親父さんを宥める三十くらいの知的なお姉さま。あ、前にもいたな、この人。秘書さんか?


「なにしに来た?」


 フーフーと怒りを抑えながら訊いてきた。


「ちょっと今から親父さんに来てもらいたいんだが、忙しいなら諦める」


 どうしてもってわけじゃねーしな。ダメならダメで諦めるまでだ。


「……嫌な言い方をするな。何日か前にガルマ一家の船が出ていったことと関係があるのか?」


 ガルマ一家がなんなのか知らんが、ご隠居さんらの動きは把握してんだ。スゲー親父さんだよ。


「まあ、関係あると言えば関係あるし、ないと言えばないかな? だからメンドクセーなら断ってくれても構わない。正直、オレも迷ってるからな」


 これがどう流れるかオレにもわからない。なんとなく、やったほうが得かな~ってくらいのものだしよ。


「それは、断るなと言ってるようなものだぞ」


「別に脅しているわけじゃねー。が、ここを空けても問題はねーか? どんな話になるかわからんから、数日空けるかも知れんぞ」


 丸任せなのではっきり言えません。


「シュンパネを回してくれたら合間合間に帰ってくる」


「ドレミ。シュンパネあるか?」


 ドレミといろはついて来ましたからね。メルヘンは……いませんでした。まっ、どうでもイイっか。


「はい。どうぞ」


 メイド型ドレミさんがシュンパネが入っているだろう箱を親父さんに渡した。それ、生産してんの?


 あれば便利だが、あヤオヨロズ国にかける情熱を砕いているかと思うとやるせねーぜ。


「ときに、体の調子はどうだい?」


「なんだ、突然?」


 疑いの目を向けてくる親父さん。


「いや、薬師としてその後の容態を診てなかったと思ってな」


 皆さん忘れてるかも知れませんが、オレ、薬師。アイ・アム・薬師。金をもらってやってるプロざんす。


 ……最近は開店休業中みたいなもんですけどね……。


「できれば、嘘偽りないことを頼む。次に繋げるためにもな」


 自分の状態を偽るヤツほど薬師や医者を泣かせるヤツはいねー。どこがどう痛いとか、ここが調子悪いとか、その積み重ねが役人や医者を育てるのだ。


「自分の命は自分だけのもの。それを否定するつもりはない。だが、その命は次の命へと繋げるための命であることも知れ。親父さんが生きてられるのは、その前に生きていたヤツが繋げてくれたものだ」


 情けは人の為ならず、だぜ。親父さんよ。


「……体は以前と同じくらいまでは回復しているが、たまにない腕が痛くなる……」


幻肢痛げんしつうか」


 今生では幻痛げんつうと呼ばれ、結構昔から知られているものだ。


「げん……なんなのだ?」


「まあ、よくはわかってないが、頭が勘違いを起こす痛みだな。手足をなくした者によく起こるものだ」


 香草や薬草で精神を落ち着かせることで誤魔化すことはできる。


「治るのか?」


「ちょっと前までは治らないものだったが、つい最近、治せるようになった。いや、まだ検証はしてないから、治せるとは言えないか?」


 治るとは伝承にあるが、それが本当かは誰も知らない。伝説な扱いだったしな。


 無限鞄から薬瓶を出し、親父さんの前に置く。


「エルクセプルと言う。かなり高価な材料が使われているが、まあ、もっとも高価な材料はタダで手に入るから、手間と技術料で金貨一枚と銀貨三枚くらいかな?」


 身内価格では、だがよ。


「幻肢痛が治るか確認させてくれるならタダでやるよ。完治するかどうか見られるのは薬師にとって万金の価値があるんでな」


 見られるようで滅多に見られない完治の瞬間。見られるのならオレは千でも万でも金を出すね。エルクセプルにかんしては、だがよ。


「……お前は、伝説の薬師かよ……」


「まあ、伝説級の先生からは教わったな」


 悪名が勝った先生ではあるが、その知識量は伝説級だぜ。


「至るところに人脈を持つお前だから笑い飛ばせんわ」


 苦笑いは出るようだ。


「ありがたくいただくよ」


「それを開けた瞬間からエルクセプルは効果が弱まる。躊躇わずすぐにのめよ。中身より器に金と暇がかかってるんだからよ」


 オレ以外が作ろうと思えば、だがよ。


「飲む前に怖いこと言うなよ」


「大丈夫だ。オレは二つは飲んだから」


 アホなメルヘンのお陰でな!


「……わ、わかった……」


 ウイスキーや前世の酒で慣れたようで封を切り、一気にエルクセプルを飲み干した。


 ピカー! と光ることはないが、右肩の肉が蠢いたと思ったら、肉が飛び出し、綺麗な状態で右腕へと変えた。


 気持ちワルッ! とか薬師にあるまじき感情が出たが、あまり気持ちのよいものではなかったのは事実。一度見れば後はイイや。


「これにて完治。おめでとうさん」


 そして、オレの薬師してのプライドも復活。治してなんぼの薬師が治せませんでは恥だからな。

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