第998話 バイオレンスねーさん

「古い友達が訪ねて来てくれたからあなたのところの宿屋に連れていったのよ」


 できる男は古いってとこに触れちゃダメ。サラッと流すべし。


「姉御、友達いたんだ」


 一見、失礼な返しかもしれないが、姉御の過去など知らないし、聞いたこともない。まあ、話の端々からわかることはあるが、基本、昔のことは話さない人である。


 だから友達と言ったことに驚いてしまったのだ。


「ふふ」


 肯定もせず否定もせず、ただ、いつものように笑う姉御。まあ、触らぬ姉御に祟りなし。サラッと流して置きましょう、だ。


「まあ、なんでもイイけど、その友達をほっといても構わんのかい?」


 今日、休みなんだろう? 夜まで再会を楽しめばイイじゃねーか。


「しばらく村にいるそうだから大丈夫よ。あ、宿代負けてあげてくれる? お金に疎いから子だから所持金が少ないのよ」


「姉御の友達ならタダでイイよ。好きなだけいな」


 家族の友達なら親戚みたいなもの。金なんて受け取れないよ。まあ、婦人に怒られそうだからあとで補填はしておくけどね。


「そんな、悪いわよ」


「なに一つワリーことなんかねーよ。つーか、遠慮なんてすんなよ、みずくせー」


 姉御には恩も借りも溜まりまくっている。金額にしたら金貨一億枚だ。宿をタダにするなんて銅貨一枚返したほどだわ。


「うちの様子わかってんだから一緒に暮らそうぜ。今なら城とメイドをつけるし、足も用意するぜ」


 オレが産まれる前はオカンと暮らしていたそうだが、オトンと結婚してから集落で一人暮らしをしている。


 オトンが死んで、オレが稼げるようになってから一緒に暮らそうと誘ったが、冒険者ギルド(支部)に通うのが面倒だからと断られたのだ。


「ありがとう。でも、わたしは一人暮らしが性に合ってるから今のままでいいわ」


 毎回これだ。一人暮らしがイイと言うクセに寂しそうな顔をする。


 まあ、そうなるのもわからないではない。姉御は隠しているだろうが、わかる者にはわかる。その魔力でバレバレだ。


 姉御は、ハーフエルフ。それも見た目は人よりで、中身はエルフに近いのだ。


 じゃあ、心はどっちより? と考えたとき、いや、産まれたときから知っている者としては考えるまでもない。その心は人なのだ。


 人の心を持ったまま、数百年生きるってどんな思いだろうな? 前世で四十数年。今生で十一年のオレには想像だにできないものがあるだろう。慰めなんて嘲笑ものだ。


「まあ、一緒に暮らしたくなったら言ってくれ。楽しみにしてるからよ」


 慰めも支えもできないのなら思いの押しつけだ。あんたの側にはオレがいるんだぞと示すまでだ。


「ありがとう。なら、お願いがあるんだけど」


 あり得ないことに、思わず目を丸くして姉御を見た。


「……あ、姉御の願いなら二つ返事で引き受けるが、いったいどうしたんだ? 世界征服でもしたくなったか?」


 それならそれでオレが裏から支えて、姉御、ここにありを示してやるがよ。


「なぜ世界征服になるのよ! あなたの中のわたしはどうなっているの!」


「王座で高笑いしてる感じ?」


 と答えたら、またフランスパンみたいなもので殴られた。


 ……オカンが薪で殴るの、絶対姉御の影響だよね……!


「わたしは、慎ましやかな性格です!」


 慎ましやかだったらフランスパンみたいなもので殴らないよ。口より先に手が出るタイプじゃん。


 ってこと言ったらまた殴られるのでお口にチャックです。


「で、なによ? 願いって?」


 一国までなら明日まで用意するよ。まあ、ヤオヨロズ国を押しつけるんだけどさ。


「今度、冒険者ギルドを辞めるの。だから、お店でも開こうかな~と思って」


 恥ずかしそうに言う姉御。


「え? さすがに娼館は不味くね?」


 田舎じゃ儲からないよ。いや、娼館に詳しくないから知らんけどさ。


「なんで娼館なのよ!」


「イメージ的に?」


 なんて答えたら椅子で殴られた。


 ……全然、慎ましやかじゃないじゃん。バイオレンスねーさん……。

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