第999話 喫茶店

「──なんて冗談はこのくらいにして、なんの店よ?」


 オレじゃなければあの世に往ってる一撃だが、オレなので問題ナッシング。まあ、橫からの一撃なら吹き飛ばされていただろうが、真上からの一撃だったので椅子が壊れただけであった。


「……この子は本当に……」


 力なく項垂れるバイオレンスねーさん。どったのよ?


「あ、これ、料理と椅子の代金ね」


 銀貨一枚を渡しておく。釣はいらねーぜ。迷惑料だ。


「それと、オレも鍋一つくれや。夕食にするからよ」


 ミタさんに鍋を出してもらい、ミラジュさんの嫁さんに渡した。


「わたしの料理なんかでよろしいんですか? お館の料理人に頼めばもっと美味しいのが食べられますのに……」


「いや、この味がイイんだよ。このホッとする味がな。毎日食えるミラジュさんが羨ましいぜ」


 まさにお袋の味って感じが旨さを倍増させてくれるのだ。うちだと高級フレンチレストランの味だからよ。


「ふふ。そう言われたら断れませんね。美味しいのを作ります」


 ハイ! よろしくお願いします!


「……ベーの年上殺しも健在ね……」


「は? なんだい年上殺しって? オレは年上には最大の礼を尽くす男だぞ」


 特にあなたには最大最高の礼を尽くしてるじゃん。敵にしないよう誠心誠意身も心も服従の姿勢を取ってるじゃん。靴ナメろとか言われたら喜んでナメるぜ!


「はいはい、そうね」


 なんか投げやりな感じで流された。いやまあ、なんでもイイけどよ。


「……喫茶店をやりたいのよ……」


 ぽつりと口にする姉御。喫茶店?


「……喫茶店って、タバコ吸ったりお茶を飲んだりする、店のことか……?」


「そうよ」


 ……この時代にあったんだ……。


「ベーも喫茶店を知ってたのね。帝都にしかないのに」


 その言葉に含まれた数々の事実はとりあえず横に置いとくとして、だ。姉御にそんな乙女っぽいところに驚いた。


 この不器用な姉御は、質素な、それこそ修行僧か! と突っ込んだことがあるくらい生活感を表に出さないのだ。


「喫茶店の歴史は知らんが、似たようなものは王都にあったからな」


 もちろん、グレン婆の心地よい一時、な。もっとも、あそこはカフェレストランって感じだがよ。


「……君の世界はどれだけ広いのよ……」


「オレの世界なんてちっぽけなもんさ。見てないこと、知らないことなんていっぱいあるよ」


 普通の村人よりは広いが、一人の人間としてはちっぽけなもの。世界の広さに押し潰されそうだぜ。


「世界を知れば知るほど、見れば見るほど世界は広がっていくもんだよ」


 世界は耳を閉じれば閉じるほど、目を背ければ背くほど世界は狭くなるものだ。まったく、世界は上手くできてるぜ……。


「生きてるって楽しいよな」


 前世じゃ失った感覚だが、今生は絶対に失ったりしない。死ぬそのときまで持ち続けてやるわ!


「……君の前だと悲しいくらい自分が幼く感じるわ……」


「姉御は昔っから可愛かったよ」


 たまに般若の顔が出て来るときがありますが。


「てい!」


 と、なぜか壊れた椅子の脚で殴れた。なぜに!?


「とにかく! 喫茶店がやりたいの!」


 よくわからない怒りをぶつけてくる姉御。まあ、こう言うところが可愛いんだがよ。


「まあ、やりたいのなら協力はするが、どこでやるつもりよ?」


 喫茶店なんて娯楽施設だ。懐にも心にも余裕があるヤツじゃなければ訪れたりはしねー。


 仮に村でやるとして、男衆の集まりはたぶんここだろう。酒を出すのだから来るなと言っても来るだろうよ。酒があるところ男あり、だからな。


 じゃあ、女衆を相手に、ともいかない。女子会なるものがある(流行らしたのオレです)が、それは大きな家に集まりやっている。


 集落で言えば村長んちの離れだろう。なぜかオレが交渉して女子会場にしたんだからな。


 はっきり言って村じゃ無理。まだ娼館のほうが儲かると思う。まあ、値段設定にもよるだろうがな。


「どこがいいかしら?」


 まさかの無計画っ!?


「……いや、こう、どう言う場所でこう言うふうにしたいとかあるでしょう……?」


 この際、妄想でもイイから語ってください。オレが千倍にして膨らますからさ。


「わからないからベーにお願いしてるんじゃない」


 いや、それは丸投げって言うんだよ! 無茶振りにもほどがあるわ!


「でも、景色がよくて静かなところがいいかな? 商売ってより自分が楽しむものだからね」


 まあ、姉御は隠しているようだが、結構財産はあったりする。前に一度、小袋に入った宝石を換金したことがあった。ましてや名のある冒険者だったのだから下手な貴族より持っているだろうよ。


「自分で楽しむって言ってもさすがに客が来ねーのはダメだろう。そりゃままごとだぞ」


 楽しみたきゃ妄想してろって話だ。


「それもそうね。おしゃべりもしたいし」


 修行僧な暮らしをしてる姉御だが、結構おしゃべりは好きな人だったりもする。まあ、オカンからの情報だがよ。


「わかった。オレがなんとかする。冒険者ギルドはいつ辞めるんだ? 建物だけなら今日にでも用意できるがよ」


 カイナーズホームなら喫茶店の一つや二つ、売ってんだろう。


「そうね。辞めることは一月前に領都のギルドに言ってあるし、業務はマスタ──人でも大丈夫だから、完成したら移るわ」


 そんなもんでイイのか知らんが、まあ、姉御がそう言うなら大丈夫なんだろうよ。


「今日の予定がなけりゃ場所決めするか? 任せるって言うんならオレが勝手に決めるがよ」


「言っておいてなんだけど、そんな場所あるの?」


「ああ。まったくちょうどイイことにな」


 賢明な方ならお察しだろう。そう、ブルーヴィだ。

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