第996話 けんちん汁

「へ~。結構広く造ってあんだな」


 奥にある食堂は、四人用のテーブルが八つに二人用が四つと、一般的と言えば一般的な広さだが、田舎には広すぎね? そんなに客が来るんか?


「はい。来るときは来ますし、村の方も夜に来ますから」


 言われてみればそうか。隊商の規模も時期もまちまちだし、村に溜まり場ができたら集まるのは当然。このくらいの広さは欲しいわな。


「食堂は誰がやってんだい? 嫁さんかい?」


 確か、家族で来た記憶がある。はっきりとは覚えてねーがよ。


「はい。妻と息子、あと、集落のおかみさんたちが順番で手伝いに来てくれますね」


「集落のおばちゃんたち、よく働く気になったな。いろいろと忙しいだろうに」


 山と同じく集落も冬越しの準備はする。野菜を塩漬けにしたり肉を薫製にしたりと、食堂で働く余裕はねーだろう。


「去年まではそうでしたが、うちで食料品も扱うようになりましたからね、冬越しの準備も楽になったとおっしゃってました」


 まあ、世界貿易ギルドがあるからいろんなところから物は流れて来て、そして、ここにも流れて来るのも当然だわな。


 防衛のためとは言え、儲かるのなら儲けるが商人だ、ただでは転ぶまい。


「おばちゃんたちも広場で稼いでるしな、苦労するよりは買ったほうが楽か」


 どんなに稼いでも使えるところがなければ稼ぐ意識も湧いて来ない。どんどん使ってどんどん稼げだ。


「あ、でも、朝の市で商売するおばちゃんがいなくなるか?」


「いえ、そうでもないですよ。ゼルフィング家の方が買いに来ますから」


「え、うち!?」


 誰が来んのよ!


「なるべく人の姿に近い方ですね。角とか耳とか隠せばわからないですし。もっとも、村の方々は人じゃないとわかってますけど」


「……うちの村、寛容にもほどがあんだろう……」


 なんか心配になって来る寛容さだな……。


「アハハ。今さらでしょう」


 笑って流された! いや、そうだけど、なんか納得できねーこの思いに押し潰されそうだよ。


「なにか食べますか? ゼルフィング家で習ったのでそこそこ美味しいものが作れますよ」


「んじゃ、なんか軽めのものを頼むわ」


 まだ昼には時間があるし、それほど腹が減っているわけでもねー。味見程度で構わんよ。


「アレンダ。ベー様に軽めのものを頼む。できるかい?」


 ミラジュさんが厨房に向けて声をかけると、受け渡しのカウンター窓から三十半ばの女の人が顔を出した。


「あ、はい。今、ゴジルスープを作ってますからそれでよろしいですか?」


「ゴジル、まだ入って来てんだ」


 前に買いはしたが、それから買いに来てない。ってか、放置してたわ。ごめんよ、おばちゃん。


「はい。行商人の方やカイナ様が実家から仕入れてくださるので店で売ってるんです。今、ボブラ村ではゴジルが流行ってるんですよ」


 い、いつの間にかそんな流行りが起こってたとは。オレ、村の流行に取り残されて……ねーか。つーか、うちが最先端行ってるわ。


「ゴジルはイイよな。飽きが来ねーし」


 あ、豚汁食いたくなった。サプルに……って、サプルどこだ? なにしてんだ? まあ、なにをしててもイイか、あまり生き物(特に竜)を殺すよ。限りある資源(食料)なんだからよ。


「では、ゴジルスープを出しますね」


 豚汁がイイが、どうしてもってわけじゃない。それでよろしこ。


 で、出されたのはけんちん汁だった。惜しぃ~! でも旨~い。嫁さん、スゴ腕だな。料理人だったのか? あ、ミタさん、七味ちょうだい。


「いえ、山の宿屋で食べた料理に触発されて、ゼルフィング家で教わりました。ベー様の舌にあってなによりです」


「おう。イイ味出してるよ。毎日飲めるミラジュさんが羨ましいぜ」


 もちろん、サプルのほうが旨いが、ミラジュさんの嫁さんが作ったけんちん汁は、なんかほっこりする味がする。田舎のばーちゃんが作ってくれたみたいだぜ。


 ……あーばーちゃんの味噌おにぎり、食いてーなー……。


「ミタさん、米ある?」


「はい。百トンほどありますよ」


 いや、そんなにはいらないよ。夕食に食うくらいでイイんだよ。あ、でも、半分くらいちょうだい。オレも蓄えておきたいからさ。


 調整しながら七味をけんちん汁にかけ、ハフハフ食っていると、雑貨屋のほうからチーンとベルが鳴った。あるんだ、そう言うの。それともカイナーズホームで買ったのか? 


「お客様のようですね。失礼します」


 食うのに忙しいので頷きで返した。これ、お土産にできねーかな? 夜も食いたいぜ。


 最後の汁までズズと飲み干し、ごちそうさまでした。いや、もう一杯いけるかな?


 昼が食べられなくなりそうだが、早目に夕食にしたらイイか。あ、お代わりと声を出そうとしたら外套を纏った男たちが食堂に入って来た。


 身なりからして先ほどの奴隷商だろう。


 外套を脱いだ男たちは、さすがと言うか、当然と言うか、重犯罪者を扱うだけあって体の作りはガッチリしており、用心棒的なヤツはオーガでも殴り殺せそうだった。


 こちらを一瞬見たが、できた奴隷商のようで絡んで来ることはなかった。


「なにか体が温まるものを頼む。あと、酒はあるか?」


「はい。いろいろありますよ。強いのと弱いの、高いのと安いの、懐に合わせてお出しできます」


 ごっつい男らに臆することなく注文を伺うミラジュさんの嫁さん。カッコイイ!


「強くて安いのを四つに弱くて安いのを二つくれ。料理は任せる。旨いものを作ってくれ」


 奴隷商のリーダーらしき男が注文する。


 リーダーの慣れた感じや、食堂を見回す男たちの顔からして、何度かボブラ村に来てる感じだな。これなら無茶はせんだろうと、けんちん汁をお代わりしてありがたくいただいた。

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