第962話 マンガ道

「お久しぶりですね、ベー様。お変わりはなくて?」


 カーレント・カニファ・バイブラスト。一番目の嫁の子で、第二継承権を持っている、とかなんとか。


 ちなみに、第一継承権は、カーレント嬢のあんちゃんで、名前は……忘れた。会ったことないし。


 ただ、歳は二十五で十六ある騎兵団の一つを任されているとか。高位貴族は何年か修行のために軍にはいる責務があるんだとよ。それ以上の情報はなしです。


「ああ。久しぶり。元気にやってるよ。横のも元気にしてたか?」


 カーレント嬢の横にいる銀色の毛を持つキツネに声をかけた。あと、なんて名前だったっけ?


「はい。マスターにはよくしてもらっております」


「それはわたしのほうよ。クラーマがいてくれるだけで毎日が楽しいんですもの」


 キツネと首に抱きつくカーレント嬢。そこだけ見れば微笑ましいんだがな。


「仲良くやってるようでなによりだ」


「はい。わたしの大切なお友達です!」


 ど、どんなことが二人(?)の間にあったかはまったく知りたくねーが、あのときの判断に間違いないことだけは理解できた。


 ……まあ、キツネとスライム、どちらがよかったかはわからんけどな……。


「バイブラストに移っても大丈夫なのかい?」


 なんとかって会に入ってたよね、あなた。


「はい。聖教導会は辞めてまいりました」


 そうだそうだ、教導会だった。月の女神を讃える慈愛と命の教導会。そこで……なにしてたんだっけ? 確かなんかやって聖女になったと公爵どのから聞いたことがある。なにしたんだっけ?


「辞めたって、そう簡単に辞められんのか? 聖女だろうに」


 ってか、なに系聖女なの? ちなみにうちにいるのは戦闘系聖女ですがなにか?


「シラトリさまと出会ってから辞める用意は整えてました。わたしはマンガ道を極めるのです!」


 鼻息荒く拳を高らかに上げる元聖女さま。あ、うん、がんばっておくんなまし。


「なんなのだ、マンガドウとは? 鼻息ばかり荒くてなにもわからんのだ」


 まあ、小説家ってまだまだ認知されてない時代。マンガなんて叫ばれてもわかんねーわな。


「絵で物語を伝える職業の名で、それで生きていきたいって言ってんだろう? まあ、教導家と言えば教導家だな」


 知の教導会も文字で歴史や文化を文字で伝えるし、同じだろうよ。


「……なぜ、おれから目を逸らして言うんだ……?」


 それは、オレにも罪悪感ってものがあるからさ。オレも自分の娘がこうなったら胸が痛くなって世間を恨むだろうよ……。


「まっ、娘が新たな道を進むんだ、祝福してやれ」


 所詮、他人の娘。オレの娘じゃねーからどうでもイイわ。


「……お前はほんと、人の娘になにしてくれてんだよ……」


「オレが押しつけ……たのは認めるが、その道を選んだのはカーレント嬢だ。それに、バイブラストの後継者は長男だろ? 裏を任せるにはちょうどイイ」


「裏、だと?」


 訝しむ公爵どの。あ、説明してなかったっけ。


「昔は扉を管理する者がいたらしい。本来、公爵どのが受け継いで来た鍵は管理人が持つものだったんだろうよ」


 たぶんだが、表にバレないように裏の者が密かに受け継いで来たのだろうが、なんらかの問題が起きて廃止され、当主が管理することになったんだろうな。


「扉はバイブラストの血を受け継いでないと開かないんだよ。石碑に子孫よ、絶対に血を絶やすな。希望の血はバイブラストを救う、って書いてあったからな」


 石碑は代々刻むのか、時代によって刻み方が違った。たぶん、子孫に残したいときに鍵の管理人が刻むのだろうよ。


「そうだな。扉にも興味があったし、行ってみるか」


 転移結界扉を設置したから、その扉はオレには関係ねーが、直通にせず、わざわざワンクッション置いた理由が気になっていたのだ。


「そう簡単に言うな。バイブラストの秘密中の秘密だぞ」


「それは、バイブラストが先祖の声を正しく伝えてねーのが悪い」


 まあ、それで数千年もの間、これだけの遺産──いや、資産か。これだけ残してんだから、やっぱバイブラストはスゲーよ。


「せっかくだから主要なヤツ連れていってみるか。カーレント嬢は、管理者に会ったか?」


「いえ、お話はシラトリさまから聞きましたが、直接会ってみるとよいと言われました」


 あ、うん。それでイイんじゃね?


 あの汚物がなにを考えているかわからんが、勝手にしろだ。オレは知らん。


「そうかい。んじゃ、公爵どの。昼食後にってことでよろしくな」

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