第913話 四天王最弱

 側路を三十メートルほど進むと、煉瓦組から石組に変わった。


「初期の下水道かな?」


 バイブラストの煉瓦事情は知らんが、焼くよりは石組のほうがコスト安だろう。魔法や魔術がある世界中ではよ。


「かなり古い造りですね」


 レイコさんがなにやら興味津々の様子で壁を観察していた。


「建造物にも興味があんのかい?」


「はい。時代時代で造りや思想がちがいますから。この下水道は、ファルム工法の流れを受け継いでいるみたいですね。ファルム工法はよく菱形の模様をつけますから」


 建造物にそれほど興味はねーが、レイコさんの歴史語りはおもしろいので、フムフムと聞いていた。


「さっきからなに──」


 前を歩いていた茶猫が振り返ると、目を大きくさせて全身の毛を逆立てた。なんだい、突然?


 固まる茶猫の後ろ首つかんで持上げた。


「おい、どうしたんだよ?」


 呼びかけるが、まったく反応ナッシング。なんかの発作か?


「猫が起こす発作って知っているか?」


「すみません。わたしも猫は初めてなのでわかりません。極一部の地域にしか生息してない生き物ですから」


「意外と希少生物だったんだな、こいつ」


 まあ、オレの周りにいる希少生物の中では地味なほうだがな。


「猫は神秘的な生き物と言われてますからね」


 あまり関心のなさそうな口調だな。


「レイコさん、猫には興味ねーの?」


「あるにはありますが、好みの度合いで言えば建造物のほうが強いですね」


 この幽霊の趣味嗜好はよーわからんわ。


「──ギャー!!」


 と、突然の悲鳴に思わず茶猫を放してしまった。


 猫の本能か、くるんと側路に着地した──ものの、腰が抜けたようにしりもちをついてあとずさった。


 ……ファンタジーの生き物じゃなくて、ギャグマンガの生き物だな、こいつは……。


「いったいどうしたって言うんだよ?」


 蟲でも出たか? それならオレも悲鳴を上げるぞ。


 殺戮阿を出して辺りを見回すが、ゲジゲジ一匹いなかった。ほっ。


「──後ろ!」


 前足をこちらに向けて指した。


 後ろ? と振り返るが、これと言ったものは見て取れない。


「レイコさん、なんかいる?」


 一緒に振り返ったレイコさんに尋ねてみる。


「いえ、なにもいませんけど?」


 たよな。一応、結界を張って侵入者探知をしている。あ、なんか入って来た。


「捕縛」


 してみると、鋭い牙を生やしたラグビーボール大のネズミだった。


「これが牙ネズミか。確かに牙をつけたくなるネズミだな」


「ここの固有種ですかね? こんな牙の生えかたをするネズミは初めて見ました」


 ほ~ん。レイコさんが初めて見たってからには、相当珍しいんだろうな。


 無限鞄から解体用のナイフを取り出し、牙ネズミを解体してみる。なんか違いはある?


「胃袋が通常より厚いくらいですかね? 他は変わりはないです。あ、魔石は白なんだ。クズ魔石ですが、使い勝手はよさそうですよ」


 ビーズくらいの小さな魔石だが、調和性がよく魔力の指輪にすんなり吸収された。


 まあ、サイズがサイズだから大した魔力量ではないが、自分以外の魔力を吸収できるのはイイな。他の魔石だと全然吸収してくれねーからよ。


「そう言えば、食えるとも言ってたな」


 肉はキレイなピンク色で、臭みはない。下水道に生きるネズミとは思えねーな。


「たまにいるんですよね。汚いところに住んでいるのに健康な体を持つ生き物って。よく調べてみたいものです」


 レイコ教授は探究心が高いこと。


「あとでサプルに料理してもらうか」


 うちの住む地域もネズミを食うので、捌くのも食うのにも抵抗がない。よく太らせてから食うと、肉が柔らかくて唐揚げにすると旨いんだぜ。


「なら、牙ネズミをたくさん捕獲してください。いろいろ実験したいので!」


「実験って、どうやるんだよ?」


「解剖が大好きなメイドがいたのでお願いするんです」


 そいつ、人格的に大丈夫なんだろうな? うちで猟奇殺人とか止めてくれよ。


「そんな危険な方じゃありませんよ。料理も同じくらい大好きな方ですから」


 いやまあ、解剖も料理も似たようなもの……かどうかはわからんが、一応、ミタさんに気をつけてもらおう。変な方向に進まれても困るしよ。


「わかったよ。オレも牙ネズミの魔石が欲しいしな」


 毎日魔力を貯めるのも一苦労だし、オレの魔力じゃそんなに貯まらねーのだ。


「じゃあ、牙ネズミを探すか」


「──いや、話変わってるよ!」


 と、茶猫が謎の突っ込みをして来た。なんだい、いったい?


「──つーか、幽霊スルーかよ!」


「幽霊がどうかしたのか?」


「どうしたかじゃねーよ! あんたの中で幽霊は当然かも知れねーが、幽霊はびっくり存在だよ!」


 いや、お前のほうがびっくり存在だよ。


「レイコさんは、害のない分類の幽霊だから安心しろ」


 たぶんと、心の中で付け足してもらうがな!


「できるか! おれは幽霊が苦手なんだよ!」


「呪われたことでもあんのか?」


 ダークエルフみたいに憑かれて酷いことされたとか。


「ねーよ! つーか、その質問がおかしいと思えよ!」


 ったく。世界最強を願ったクセに肝っ玉がちいせーな。幽霊で怖じ気ついてたらエリナを見たらショック死するぞ。


「魔法を教える前にその根性を叩き直すほうか先だな」


 そんなんじゃ本当に四天王最弱になるぞ。ったくよ。

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