第882話 旅立ち

「……なにやってんだ、お前は……?」


 屋台でお好み焼きに近いものを買って食していると、呆れたような顔した親父殿が現れた。


「ちょっと腹が減ったんで、これを買って食ってた。旨いな、これ」


 これが祭りでよく経験する屋台マジックか?


「はぁ~。全然帰って来ないと思ったら、突然帰って来て、当然のように混ざりやがって。帰って来たなら帰って来たことを示しやがれ。幻かと思ったわ!」


「ワリーワリー。ちょっと風呂に入りに来たんだが、館が静かなんでなに事かと思ってよ。あ、おばちゃん、もう一つちょうだい」


 ゼルフィング家で出しているのか、屋台のものは全てタダ。まあ、この家の者として駄賃として金は払ったがよ。


「……まったく、お前ってヤツは……」


「それより、この祭りはなによ? 収穫祭はまだ先だろう」


 知らぬ間に我が故郷は秋に突入。この感じだと麦の刈り入れもあと一月ってところだろう。うちのラムノもそろそろ収穫時だ。


「これは勇者の旅立ちだ」


 はぁ? 勇者の旅立ち?


「って、ルククが渡る時期だったな。すっかり忘れてたわ」


 日々の忙しさに完全無欠にこぼれ落ちてたぜ。


「三日前に気温が急激に下がったんだよ」


 この地域の特性か、秋の始まりを告げるように、急激に気温が下がる日がある。そんな日が二度か三度続くと、ルククたちが南の大陸に向かって飛び立つのだ。


「今日も冷え込んだから、そろそろだろう」


 ちなみに竜が渡るのも秋を告げる合図にもなっている。


「それはわかったが、なぜこんなことになってんだ?」


 見送りにしても早いだろうが。


「最初は村の子どもたちが集まって、お菓子を振る舞っていたら大人たちも集まり出してな、酒や料理を振る舞っていたらこんなことになったんだよ。まあ、娯楽の少ない村への貢献だと思って受け入れてんだがな」


 ほ~ん。そう言うこと考えられるようになったんだ。親父殿、村人レベルが上がったな。


「で、その勇者ちゃんは?」


「あそこにいるよ」


 と、親父殿が指差す方向に勇者ちゃんがいた。ってか、なんで蓙の上で体育座りしてるんだ……?


「ルククの出発を教えたら、昨日からあそこで待っているんだよ」


 新年の初売りに並ぶヤツに匹敵する根性だな。そんなタイプだったっけか、勇者ちゃんって?


「……女騎士さんは超絶に寛いでんな……」


 勇者ちゃんの横にパラソルつきのテーブルでケーキを食べる女騎士さん。あなたはほんとブレないよね。


 こちらを向いた女騎士さんに敬礼すると、最高の笑顔で敬礼を返して来た。


「……あの騎士は、未だによくわからんよ……」


 お菓子大好き女騎士さん、でイイじゃん。オレはそれで理解してるぜ。


「しかし、賑わってるよな。仕事とか大丈夫なのか?」


 刈り入れ前のちょっとした空きの時間だが、村人に真の安らぎはない(S級になればありまっせ)。内職だなんだと仕事はあるものだ。今年はそんなに豊作なのか?


「今年は、広場での稼ぎもあるし、飲み食いがタダだからな、なにを置いても来るさ」


 まあ、村人には強かさも必要。そうでなければこの厳しい世の中は渡っていけねーさ。


「精々、たらふく食わしてやりな。親父殿やオレたちが快適に暮らせるためによ」


 村で暮らすなら村人の支持はあったほうがイイ。うちはいろいろあるからよ。


「ああ。わかってるさ。味方はいればいるだけ力になるからな」


 親父殿も成長が著しいね。実にイイことだ。


「あっ、来た!」


 と、勇者ちゃんの声が突然上がった。


 全員の目が勇者ちゃんに向けられているだろうが、オレは空に目を向けていた。が、なにも見えん。勇者ちゃん、視力イイな。


 結界双眼鏡を創り出して再度空を見ると、ルククと仲間たちがこちらに飛んで来るのが見えた。


「勇者ちゃん! 準備はできてるな!」


 なんの予備動作もなく勇者ちゃんに叫ぶが、勇者ちゃんは空を見たまま力強く頷いた。


 続けて女騎士さんを見るが、いつの間にか席を立ち、以前、オレがプレゼントした収納鞄をかけて勇者ちゃんの横に立った。


 ……決めるところは決める女騎士さんだぜ……。


「ルククは地上には下りてこない。だから、オレが空へと放り投げる。ちゃんとルククの背に乗れよ!」


 別れの挨拶をするため降下はして来るが、大地には下りないため、荷物は以前来たときにつけるように指示しておいたのだ。


「わかった!」


 女騎士さんも了解かい? と目で問うと、もちろんですとばかりに敬礼を返して来た。


「勇者ちゃん、女騎士さん、それに乗れ!」


 空飛ぶ結界を二人の前に創り出す。


 二人は躊躇いもなく空飛ぶ結界に乗り込んだ。


「勇者ちゃん。遠慮なく楽しんでこいよ!」


 サムズアップを勇者ちゃんに向けた。


「うん! いっぱい楽しんで来る!」


 意味はわからんだろうに、ノリよくサムズアップを返して来る勇者ちゃん。


 女騎士もなと、ウインクすると、こちらは投げキッスして来た。どこで覚えて来た!?


 空へと視線を戻すと、ルククはすぐそこにいた。


「上げるぞ!」


 叫んで空飛ぶ結界を空へと打ち上げた。


 四十メートル内(さらに成長しました)で軌道を修正。完璧な軌道で勇者ちゃんと女騎士さんがルククの背に跨がった。


「いってきまぁーす!」


 勇者ちゃんの元気な声に、オレは大きく手を振って応えた。


「強くなれよ、勇者ちゃんも」


 いずれ、勇者ちゃんにはヤオヨロズ国の剣となってもらうんだからよ。

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