第802話 スタート前 

 パン! パン! パン!


 今まさに起きようとしたとき、なんとも懐かしい花火の音が響いた。


 ……運動会かよ……。


 カイナとは同じ土地で、地方だったから運動会や遠足と言ったイベント事には花火を上げていたが、なにもこの世界にまで持ち込むこともねーだろうが。なにも知らないミタさんが慌てふためいて、銃を構えてるよ。


「て、敵襲ですか!?」


「違うから落ち着け」


 そう言ってソファーから起き上がり、大きく伸びをした。


 しかし、このソファー、結構寝心地イイな。うちの部屋に導入しようっと。


「なんなんですか、今のは?」


「たぶん、プラ……なんとかレースをやりますよって合図だよ。まあ、カイナの案だろう」


 イベント事には妥協しなそうな性格してそうだしよ。


「やる合図ですか? なぜわざわざ合図するんです? やることは決まっているのに……」


 そう面と向かって問われると言葉に詰まるな。前世じゃ当たり前にやってたからよ。


「まっ、文化の違いってヤツだろう。深くは知らん」


 興味もないしな、なんだってイイよ。


 洗面所で顔を洗い、身嗜みを整え、レース用に揃えたレーシングスーツに着替えた。


 別にやる気満々ではねーが、形から入る者としては形を揃えるのが礼儀なのです。


「そう言や、プリッつあん、どうした?」


 昨日から見てませんけど、野性に帰ったか?


「プリッシュ様でしたらそこに……」


 ミタさんが指差す方向に、ソファーの上に巨大な瓶が転がっていた。


 ……もうちょっと遅かったらアレと激突してたのか……。


「起こしますか?」


 巨大な瓶の中でスヤスヤと眠るメルヘンさん。そのままにしておきなさい。


 なぜに瓶の中にいるかは気になるが、聞くのもなんかバカらしい。もうメルヘンの習性と納得しておこう。


「そう言や、いつスタートすんだ?」


 さっきのが合図なら別にそれでも構わんけどよ。もうレースとかどうでもよくなってきたしな。


「八時スタートと言う話です」


 時計を見れば二十一時二十三分。あれ? 狂ったか?


「ミタさん、時計持ってる?」


 はいと、ミタさんが腕時計をオレに見せた。してたのね。気がつきませんでした。


「どこで手に入れたもの?」


「カイナーズでお手伝いしているときに支給されました」


 なんとも従業員に優しい会社だ。ん? 会社なのか、カイナーズって?


 ……今さらだが、カイナーズってなんなんだろうな……?


「ベー様。朝食はいかがなさいますか?」


「ちょっと体を動かしてからにするよ。軽いものを頼むわ」


 そう言ってキャンピングカーから出た。


「どんよりしてんな?」


 空を見上げれば、冬のような厚い雲に覆われ、気分までどんよりしてきた。


「これでも天気はいいんだよ」


 と、カイナが現れた。寝る前に見たときは、樽で飲んでたのに、まったく酔った様子はなかった。王都ではどんだけ飲んだんだよ?


「おはようさん」


「うん、おはよう。よく眠れた?」


「ああ、快適に眠れたよ。イイな、あのキャンピングカー」


 オレ好みに変えたら引きこもりそうだぜ。


「ふふ。秘密基地にたくさん買ってよ。他にもいろいろあるからさ」


「商売人だな」


「これでも世界貿易ギルドの一員ですから。それと、スタートは八時だから」


 あいよと答え、カイナと別れる。公爵どのは、どこです~?


 捜すこと二十秒。ってか、捜すほどでもなかった。魔族の中に人がいれば嫌でも目立つわ。公爵どの以外は、だけどな。


 しかし、レーシングスーツに身を包み、魔族の連中と一緒にいるとわかんねーな。馴染みすぎたろう、公爵どのよ。


「おはようございます、ベー様」


「おう、おはよーさん。魔大陸の環境に気分を悪くしてねーかい?」


 先生の話では魔力が他の大陸より多いとかで、魔力が少ない者は気分や体調がおかしくなるそうだ。


「はい。大丈夫です。カイナ様より加護をいただきましたから」


 マメな男だ。自重を覚えたらもっとイイんだがな。


「おう、ベー。いい朝だな!」


 そう思えるのはレースを楽しんでいる連中だけだ。


「飲んでた割には元気だな。体調は大丈夫なのか?」


 カイナの横で飲んでた気がするんだが。


「あのくらいで酔うかよ! おれを酔わせたきゃ二十樽でも持ってこいだ!」


 そうかいと軽く流す。酒飲みの理論なんて知らねーわ。


「それより、公爵どのはなんの車でやる気だい?」


 いったい何レースに出んだよってくらいラリー専用車を買っていたのだ。


「最初はこれだな」


 と、四台並ぶ中の一台を指差した。


「ポルシェか。公爵どのならフェラーリ辺りを選ぶかと思ったんだがな」


 見た目はアメリカ~ンだけど、中身はイタリア~ンなタイプ。フェラーリのようなスタイリッシュなフォルムを好むかと思ってたよ。


「ああ。感じがよかったんでな」


 感覚派だからな、公爵どのは。


「そうかい。それより、公爵どのは整備士はつけられたのか?」


 確か、カイナーズで車の整備士は借りられたと思ったが?


「いや、おれは数で乗り切る。何台使用してもいいようだし、ダメになった時点で次を出してくれるって言うんでな。こんな機会なかなかねーから、できるだけ沢山乗るようにしたんだよ」


「そうか。なら、強化しなくてもイイな」


 道なき道を走るから車体強化してやろうと思ったが、余計なお世話だったようだ。


「ああ、大丈夫だ。それより、こいつらを運んでくれるか? 観戦したいって言うんでよ」


「なら、ヴィアンサプレシア号でも持ってくるか。大老ども暇しているようだし」


 フミさんたちはオレの船を造っているとかで、ヴィアンサプレシア号は係留中なのだ。飛空船は魔石を大量に使用するからそう気軽には動かせないのだ。


 ……ちなみに魔石は、殿様から融通してもらいました。殿様んところは魔石に魔力を込める技術があるんでな……。


「カイナーズホームで魔石売ってたっけ?」


 魔大陸で魔石を手に入れられたが、飛空船に使う魔石は精製されたもの。魔石ならなんでもイイって訳じゃねーのだ。


 まあ、イイや。いけばわかんだろう。


 一旦キャンピングカーに戻り、軽く朝食を済ませてカイナーズホームへと転移した。

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