第800話 あなたは自分を満足させてますか?

 事は恙なく進行し、夕方にはプライレッドアローズ前夜祭なるものが開催されていた。


 する必要あんのかい? とは思ったが、楽しくやっている方々に水を差すのも無粋だ。やりたいようにやれと、他人事のように見守っていた。


「ベー! 楽しんでる~!」


 一升瓶を持ったカイナがやって来た。


「ああ、楽しくやってるよ」


 のんびりゆったり我関せずで、な。


「イイのか、主催者が抜け出したりして?」


 もうオレの手から離れたもの。どうやろうとオレが口出すことじゃねーが、仕切ってんだから参加者優先にしろよ。


 ……まあ、その参加者の八割はカイナーズの関係者だけどよ……。


「前夜祭はフリーダムさ」


 そうかいとため息をつきながら周りに目を向けた。


 カイナが言う通り、フリーダムな状況である。つーか、はっちゃけ過ぎじゃね? なんか殴り合いがそこらかしこで発生してんぞ。


「魔族は血の気の多い種族がほとんどだからね。常に戦いをしてないと不安なんだよ」


 嫌な方向に進化したもんだ。人に生まれてよかったぜ。


「まあ、すぐには修正できねーしな、魔大陸でやるんなら好きにしろだ」


 うちの近くでやったら穏やかになるまで去勢……じゃなくて矯正してやるがな。


「あ、いや、ここは竜人さんたちの縄張りになったんだから、あんま無茶すんなよ」


 カイナに文句を言うほど度胸も武力もねーだろうが、オレらは仲良くやって行きたいので面倒事は止めてくださいね。


「大丈夫。キュシュンジャーとは敵対してないし、ときどき援助もしてるから文句は言われないさ」


「ふーん。珍しいな、お前が気をつかうなんて。厄介な種族なのか、竜人さんたちって」


 見た目はアレだが、結構理知的な種族に思えるんだが。


「厄介って言えば厄介かな? キュシュンジャーまで受け入れられないしね」


 なるほど。これ以上は面倒みきれないってことか。


「年がら年中戦っている割には結構いるんだな。滅亡近いのかと思ってたよ」


 ヤオヨロズの国に移住して来た者が生き残りだと思ってたわ。まあ、すべてが来たとは思わんけどさ。残るヤツはいるからな。


「いや、種としては滅亡近いよ。今残っている種族は、この環境に適した種族だけだし、その環境に適しても食料不足は深刻だからね」


 魔族とは言えなにかを食べて生きる生命体。食わなきゃ死ぬか。


「強いヤツに率いられるのも問題だな」


 ちなみに、カイナが種として滅亡に近いと言っているのは、死なないために自ら動こうとしないってことを言っているのだ。


「強い者に従っていれば与えられるからね」


 なにをとは言わないカイナ。まあ、強い者にとって従う者は家畜も同然。エサを与えられて、強い者のために存在してると、DNAに刻まれるまで抑圧されて来たんだろう。


「メンドクセーな」


「うん。面倒臭い。見ていてイライラするよ」


 自由気ままに生きてる者からしたらそうだろうな。だが、一度でも底を見たらそんなことは言えねーよ。イライラする前に目を背けるからな。


 カイナがこの世界に来たのは十六のとき。それなりの苦労はあっただろうが、常に強者としていた。弱者の鬱屈や妬み辛みと言った負の感情はわからんだろうよ。


「たまに大人の顔をするよね、ベーは」


 拗ねたような苛立ったような声音を出すカイナ。別にバカにしてるわけじゃねーよ。


「こればっかりはしょうがねーさ。誰も同じ経験はできねーんだからよ」


 人それぞれの人生であり経験だ。状況により感じる思いは違い、導き出される答えも違う。どちらが正しいじゃない。自分に取って真実は自分が出した答えなのだ……。


「カイナはカイナの思うがままに生きたらイイさ。他人の意見に捕らわれんな」


 オレはオレが思うままに生きている。他人の意見なんぞ聞いてられるか。


「そう言うところがベーの卑怯なところだよね。わけ知り顔で他人を見ているんだから」


 フフ。さぞやウザく感じるだろうな。


「他人の顔色を窺い、自分を殺し、心の中でしか本音が言えず、無味無臭に思われる人生が好みならそうすればイイさ。オレには理解できんが、さぞや楽しいんだろうよ」


 オレはその真逆が楽しいがな。


「ウザくて結構。嫌われて結構。憎まれても結構。否定されたって結構だ。今生のオレは、自分を満足させて死にてーんだからな」


 自己満足? ああ、自己満足さ。否定はしねーよ。だからと言って他人を満足させるために生きているヤツも否定はしねーぜ。それどころか立派だと思うし、尊敬もする。余裕があれば応援もするさ。大いにやってくれだ。


「そう言えるのはベーに力があるからだろう」


「そうさ。力があるからだ。だが、力だけじゃダメだ。それじゃ失敗する。知恵もいるし、我慢もいる。ときを読む目に状況を理解する観察眼に洞察力もいる。自制や自重も必要だ。そして、ここぞと言うときに爆発的な行動力もいる。逆に聞くが、お前は、その力で思いのままに生きてこられたか? 大切な人を守れたか? なに一つ、後悔がなかったか?」


 肯定できたらお前はもう神だよ。人の理から飛び出した本物の人外だ。


「前世のオレは、失敗ばかり。後悔ばかり。クソったれな人生だった」


 まあ、親に恵まれ、時代に恵まれたお陰で飢えることなく死ねたんだからまだ幸せな方だろうがよ。


「もうそんな生き方はしたくないと思うことは変か? よりよい人生にしたいと思うことは罪か? それが変であり罪だって言うならこの世界に未練はねー。今すぐイイ人生だったと死んでやるよ」


「……変じゃないし、罪じゃないよ……」


「なら、イイ人生にしようぜ。オレらにはそれを可能にできる力と意志があるんだからよ」


 まあ、そうするためには他人を、世界を巻き込まないとならないのが大変だけどな。


「……ほんと、ベーは卑怯だよ……」


 複雑そうな顔をする義兄弟に、最高の笑顔を見せてやる。


「おう。卑怯者で結構。イイ人生にするためにはオレはなんでもするぜ!」


 これまでも、そしてこれからも、オレはオレを満足させるために突き進むさ。

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