第794話 伸るか反るか

 特に季節は関係ないパン祭り。


 辺りに漂うパンの香りで、ちょっと胸焼けして来ました。


「なにをしているんです?」


 婦人の蔑んだような眼差しに首を傾げる。ほんと、オレはなにをやってんだろうな。


「まず、その質問に答える前に、まずオレの問いに答えくれ」


 キリッと婦人を見る。


「なんでしょうか?」


 婦人もキリッと睨んできました。


「オレ、なにしてるように見える?」


 マジで問う。冷静に自分の状況を見れないんです。


「アホかっ!」


 と、あんちゃんに空瓶で殴られた。そっと空瓶をあんちゃんに差し出した腐れメルヘン、あとで覚えてろよ。


「いきなりなにすんだよ! オレじゃなかったら死んでるぞ」


「だからやったんだよ!」


 ぐうの音も出なかった。あんちゃん、やるな……。


「なんてことはどうでもイイんだよ。朝食がまだなら一緒にどうだ?」


 オレはこれ以上入らないので構わずどうぞ。


 また空瓶が襲って来たが、二度も食らうほどマヌケではない。ヒラリと回避してやった。


「イイから座れよ。メンドクセーわ」


 なにをお怒りは知らねーが、冷静になれねーようでは一流の商人になれねーぞ。


 婦人はため息一つ吐いて席につき、あんちゃんも怒りながら席へとついた。


「ミタさん。お二人にお紅茶を」


 場が悪いので、和ませるために紅茶をお願いした。いや、紅茶が場を和ませるかは知らんけどさ。


 ミタさんが淹れてくれた紅茶を飲む二人は、なにか衝撃を受けたかのように目を大きくさせた。なんか入ってたん?


「ベー様にいただいた蜂蜜を入れてみました。甘いものは心を落ち着かせますからね」


 オレはコーヒーがあれば怒り心頭でも冷静になれるけどな。


「……お前にはもったいねーな、ミタさんは……」


「ええ。わたしがもらいたいくらいです」


 別にオレが独占しているわけじゃねーんだ、本当に欲しけりゃ本気で誘え。オレはミタさんが決めたならそれを尊重するぜ。


「あたしは、ベー様の専属メイドです。いついかなるときもベー様の側にいます」


 いや、必要なときだけにしてください。プライバシーは大切ですから。


「婦人には、このドラゴンガールをやる。事務仕事を仕切らせな」


 オレの横にちょこんと座るドラゴンガールに目を向ける婦人。ドラゴンガールはビクッと硬直した。いや、逆だろう。


「……この子を、ですか……?」


「ああ、この子を、だよ。ドラゴンガール、自己紹介だ。お前の上司になる人だからな」


 婦人……なんて名前だっけ? ネームしててよ!


「わ、わたし、竜子と申します。経理をしてました!」


「ケイリ、ですか?」


 この時代に経理って言葉はねーのか。じゃあ、なにに当たるんだ?


「それはドラゴンガールに聞いてくれ。事務仕事が捗るぜ」


 どう捗るかは知りませんけどね。まあ、ドラゴンガール主導でやっちゃってください。


「そうだ。事務仕事すんならこれを渡しておくか」


 ラーシュに送る用の他に自分用にも購入した文房具やノート、メモ帳、収納鞄、あと、準備金として二十万円を渡した。


「……つ、つかえるんですか、これ……?」


「カイナーズホームで使える。それで生活用品や服なんかを揃えろ。もし、事務仕事に必要なものがあれば、ベーにつけておいてくれと店員に言いな。それで通じるからよ」


 雑なのか大雑把なのか、飲み屋のノリでやってからな、カイナーズホームって。


「ホームセンター、ですか?」


「ああ。同胞がやっている激安の殿堂より激安なホームセンターだ。ドレミ、ドラゴンガールを連れてってくれ」


「畏まりました」


 と、ドラゴンガールの腕をつかみ、シュンパネを発動。カイナーズホームへと飛んでいった──と思ったらすぐに戻って来た。ドレミだけ、な……。


「黄に任せてきました」


 ま、まあ、ドレミはドレミ。超万能生命体には変わりはねー。任せて安心。気にしな~い、だ。


「さて。婦人。あんちゃんから説明は受けたかい?」


 されてなければ簡素に説明するよ。


「はい。わかりやすく説明していただきました。さすがベーが認める人だと心の底から尊敬しました」


 なんだろう。あんちゃんの株が急上昇したのはわかるが、なぜかオレに対する態度が急降下したように感じるんですが……。


「ここに都市ができ、そこに世界貿易ギルドが一枚噛むことはわかりました。ですが、なんのためにかはわかりません。正直言って、ベーの後始末で精一杯な状況です」


 そうなの? 別に急がせている気はないんだがな。とは言わないでおこう。なんかオレに対する態度がさらに急降下しそうだから……。


「なら、ゼルフィング商会は外れても構わねーぜ。別にどうしてもって訳じゃねーし、アダガさん辺りが中心になってくれても構わねーんだからよ」


 魔大陸のことだし、事情を知ったアダガさんが仕切ってくれた方が安心だしな。


「そう言うわけにはいきません。ベーが関わっている以上、放ってはおけません。後々、面倒になるんです。なら、最初から関わっていた方が対処しやすいですからね」


「アバール商会も同じだ。あとで尻拭いさせられるのは世界貿易ギルド長のおれなんだからよ」


 別にそんな大袈裟なもんじゃねーんだがな。


「ヤオヨロズ国の一番の弱点ってなんだかわかるか?」


 そう二人に問うと、訝しげな目をオレに向けてきた。


「……わからん。なんだ?」


 商人なら自分で考えて答えを出せよ、ったく。


「食料自給率の低さだよ」


 ?マークを咲かせる二人。まっ、そりゃそうなるわな。


「生き物は食わなくちゃ死ぬんだよ。そして、食い物は天から降ってくる物でもなけりゃ、勝手に地に生るもんでもねー。育て、増やし、満たさなければならねー」


 そんなこと、当たり前だ。なんら不思議なことを言っているわけじゃねー。


 だが、誰も考えない。当たり前のようにあるから疑問にも思わねー。そして、あるからとオレに頼ってくる。


「オレがヤオヨロズ国の食糧を賄えてやるのは二年がやっと。それ以上は無理だ」


 カイナが出してやれば問題ねーよ。だが、それは生きていると言うのか? 自らの足で立っているのか? 否。家畜にも劣る存在だわ!


「国を愛せとか言わねー。国のためとも思う必要もねー。そこはオレたちの国じゃねーしな。だが、商人ならそこに商機を見ろ。見す見す儲けを逃すな。その先には誰も見たことがねー商売があんだからよ」


 オレはなんちゃって商人だから見たことがねー商売に魅力は感じんが、その先にある平和には魅力を感じている。


「伸るか反るか、二人はどっちだい?」


 オレは、平和にスローライフを送れる方に全てを張ったぜ!

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